メトロノームの正しい使用法。

　

「あ〜もうすっげムカつく！！」

　ガンッ！！っと思いっきりドアを蹴りつけて、ユキヒロは再び部屋の中をウロウロと歩き回っていた。

　ドアは蹴るわ壁は殴るわ、椅子に座っても１分と落ち着いていられず、タバコを灰皿に必要以上に押しつけてはまたドアを蹴る、の繰り返し。

　怒っていらっしゃる。

　ぼへーっとソファーに腰掛けていたメンバーは全員、同じことを考えていた。

「怒っていらっしゃいますねぇ。」

「そーですねぇ。」

　タバコの煙をぷかぷかと浮かべながら、のんびりとした口調でハイドとケン。
　テツもとくに関わろうともせず、ぼんやりと歩き回るユキヒロを眺めていた。

　テレビ局の控え室に入って以来ずっとこの調子である。

　とはいっても、メンバーにしてみればユキヒロが怒っている理由もイマイチわからず、どうしようもない。
　いつもならこのまま放っておくのだが、今日はテレビの収録である。
　いい加減機嫌を直してもらわないとマズイ。

「どーしたんですか、ユキヒロさん。」

　とりあえず当たり障りない言葉で、ケンが先陣を切った。

　振り向かないまま、ユキヒロは苛立つようにタバコに火を灯す。

「殺したいぐらいムカつく奴がいるの！」

　へえ〜、と、ハイド。

「殺しちゃえば？」

「１人くらい殺しても仮釈放になるぐらいの金はあるしねぇ〜。」

　ハイドに追い討ちをかけるようなケンの危ない発言に、テツはぎょっとして２人の方を見やった。
　当の２人は同じような格好でソファに腰掛けて、仲良くタバコを吸っている。

　２人の言葉にユキヒロも瞬間動きを止め、数秒黙考。

　即座にドアへと足を向けた。

「行ってくる。」

「わーっ、たーっ！待って、待て待て！ユッキーちょい待って！」

　本気で出て行こうとするユキヒロを必死で止めに入るリーダー。
　火付け役の２人はうひゃひゃとのん気に笑っている。

「も〜、ハイドもケンちゃんもあおるよーなこと言いなや〜。」

　とりあえず引きずってユキヒロを椅子に座らせてから、苦労性のリーダーは、はぁ〜とため息をついた。

　いまだ興奮冷めやらぬユキヒロを見やって、さてどーしよか、という時に、突然それまでぼーっと座っていたハイドが立ちあがった。

「そーーーや！ええこと思いついた〜。」

　やたら嬉しそうに笑いつつ、部屋の隅の方に行ってなにやらごそごそ探っている。
　そうしてるうちにもユキヒロの眼前の灰皿には、タバコの残骸が積もっていくが、本人いたってマイペースである。

「あーあった〜〜。」

　目的のものを発見したらしいハイドは、それをつかんで机の方に戻ってくる。

「じゃ〜ん。」

　そう言って彼が差し出したのは、円錐型の赤いメトロノーム。

　どっから持ってきたんや、そんなもん・・・と、全員の関心はすでにそっちに移っていたが、かまわずに彼は続ける。

「ユッキーのお怒り鎮めアイテム。ユッキー、このメトロノームの針見とってみ〜。」

　言いながら、ハイドはどんっとユキヒロの目の前に据えたメトロノームの針を留め具から外す。
　おもりのついた針は、Ａｎｄａｎｔｅで右へ左へと動き始める。

　カチッ　　コチッ　　カチッ　　コチッ　　

　不機嫌ながらも、ユキヒロは素直にその弧を描く針の動きを目で追う。

　カチッ　　コチッ　　カチッ　　コチッ　　

　気付けばユキヒロだけでなく、テツもケンもつられて針を見つめていた。

　カチッ　　コチッ　　カチッ　　コチッ　　

　カチッ　　コチッ　　カチッ　　コチッ　　・・・

・・・　カチッ　　コチッ　　カチッ　　コチッ　　・・・

　

「・・・・・・・・うきゃーーーーッ！！！」

　がしゃーん！！

　キレたユキヒロが放り投げたメトロノームは、あわれ床に跳ねて息の根を止めた。

「ああ〜やっぱユッキーにはきかんか〜。俺針見とったらめっちゃ眠たくなんねんけどな〜。」

「てか俺今めっちゃ眠たいねんけど・・・おやすみ〜・・・ぐー」

「自分ら結局ユッキーで遊んだだけやん！って、ケンちゃん寝んの早ぁーっ！あかんって！起きって！」

　

　結局メトロノームが壊れたことである程度気がおさまったのか、テレビの収録ではユキヒロは終始にこやかな様子だった。

「んで、あのメトロノームはどっから出してきたん？」

「ん〜ヒミツ。」

「あれさぁ、1個ちょーだいよ。寝れんときに使うわ。」

「それ激しく使用用途まちがえてんで、ケンちゃん。」