ヴァンパイアとお茶を





 そもそも、いかにしてかくのごとき会話に至ったのかは定かではない。





「ハイドって、酔うと噛む癖あるよね。」

「え。」

 唐突なケンちゃんの指摘に。
 心臓が飛び跳ねるぐらい驚いて。
 俺は思わず言葉を失った。

「うそー」

「いやある。オレ何回も噛まれたもんーこことか。」

 こことか、ここも。

 肩やら腕やらを示すケンちゃん。

 うっそー。
 噛みグセですと?
 それはそーとーマズイよ俺。

「あーー俺もあるあるー!がぶりがぶり噛みつきよるよなーこの人。」

 ドキ。

 しかもてっちゃんまでもか。

 いよいよ焦るが外見は努めて平静を保つ。
 ふーん、とかいって無関心装ってみたりして。

「そうなんだ。」

 しかし一緒にヒマそうにしてたユッキーまでも加わってきて。

「ユッキーはないん?」

「ないねぇ。」

「じゃ最近は噛みグセなくなってんのかなー。」

 俺ら噛まれ損やなー。

 ねー。

 幼馴染みコンビ仲良く首傾げ合ったりして、俺もほっと一息。
 とにもかくにもこんな危険な話題はさっさと終わっていただきたい。
 心臓が耳に奥でドックンドックン鳴ってるし。

 だがしかし。

 すぐさま別の話に移ろうとした俺をまるで遮るように。

 ユッキーは笑いながら。

「でもさ、腕とか肩とか噛みつくのって、まるで吸血鬼みたいだね。」

「ちゅうか吸血鬼そのものって感じやなー」

 ドッキーーー

 あはははは、なんて御三方はのんきに笑っていらっしゃるけれども。

 もしかしてこれ、・・・・・俺の正体バレとるんとちゃうやろか。

「は、はは、ははは・・・」

 つられて笑う俺の顔はあきらかにひきつってた。

















 初めて人の血を吸ったのは覚えてないぐらい小さい頃。

 初めての感覚、初めての味、抑えきれないほどの高揚感。
 それらは今でもはっきりとリアルに思い出せる。

 しかし皆さま、誤解しないでいただきたい。

 そもそも吸血鬼、いわゆるドラキュラやらヴァンパイアやらゆー生き物は、他人さまの血を吸わなくても生きていけるのである。

 まーそら全然吸わなんだら寿命は多少短いらしいんやけども。

 血を飲めば長生きする、とゆーだけてあって、別に大量殺戮する必要なんてないし。
 それに血を吸われた相手が吸血鬼になっちゃったり死んだり、なんてことも絶対にない。
 貧血でぶっ倒れることはあるけど。

 既成のヴァンパイアにたいする観念は作り話だらけで、正真正銘生粋のヴァンパイアの俺さまから言わしてもらえば、アホかっ、ちゅーもんである。

 あ。そうそう。
 てっちゃんにもケンちゃんにもユッキーにもナイショやねんけど。

 俺じつは、吸血鬼なんやわ。

 まーだからといって外見も中身もほとんど人間と変わらない。
 ニンニクは食うし、日の光もまったくもってへのかっぱ。

 ただし十字架は少々いただけへん。
 太古の記憶、迫害されてた時代のことを、体が覚えているらしい。
 よくわからんけど。
 アレを見たら、気分が悪くなるのはたしか。

 そんなわけで俺はうまいこと人間社会に混じりつつ、今のとこ平穏に暮らしてる。
 正体は隠して。

 しっかしまさか酔うたびに人に噛みついてたとは知らんかった。
 もう何年もまともに血ぃなんか吸うてないから、本能が飢えてるんやろか。

 若い頃は、それこそ血気盛んに、人間の血ぃ吸いまくってたけども。
 その衝動が落ち付いてきてからは、もうほとんど口にすることもなくなった。

 まぁそんな俺さまなワケやけど。

 最近実は、狙ってる人が一人おったりして。

 このウン十年間、そこそこの数の人間の血をいただいてきた俺が、まだ未経験なのは。
 ずばり、
AB型の血である。

 察しのいい方ならもうおわかりだろう。

「なーケンちゃん。」

「んー?」

 無防備にも俺の眼前ででっかいアクビしてるこの人。
 なにを隠そう、AB型の血をもつ男。

 狙うは、この血である。

「なぁにー?」

 不穏な俺の思惑も知らず、イスにごろりとなついてるケンちゃん。

 目の前に獲物がいると思うと今にでも飛びついてしまくてうずうずするのだが。
 メンバーやスタッフの目があるから、ここはガマンガマン。

 それに、この人に関してはひとつ問題点がある。

「はいちゃん?起きてる?」

 じっと顔を見つめ反応を返さない俺を訝しんで、ケンちゃんがイスに手をついて這うように近づいてくる。

 キラリ。

「げ!」

 眼前に迫ったシルバーのそれに。
 思わず短い悲鳴を上げた。

「なにその『げ』って。」

「〜〜〜とりあえずっ、もうちょっとバックしてっ!」

 迫ってきていたケンちゃんの両肩をうつむいたままグイグイと押し戻して、なんとか距離をおいて。

 ヘンなはいちゃん。

 そう言って笑って、ケンちゃんはまたイスに座り直した。

 キラリ。

 また光る。胸元のシルバー。
 目を刺す輝き。

 だいたい十字架ってだけでもじゅーぶんアウトやのに。
 シルバーってのは、俺たち闇の眷属にたいして一番強烈なパワーがあるのである。

 ケンちゃんが肌身離さず身につけてるシルバークロス。
 まさに俺の最大にして最悪の天敵。

 あれがなかったらいつでも手ぇだせんのになー・・・

 ・・・いかん。マジで気分悪くなってきたわ。
 今日のところはカンベンしたる。





 そんなわけで最近は俺とケンちゃんの一進一退の勝負が続いてる。

 ケンちゃんに近付けば近付くほど。

 鋭い光でもって、俺を拒むシルバークロス。

 いっそのこと背後からガブッていっちゃおっかなーとも思ったけど。

 突然そんなことやらかして俺の正体がバレても困るし。





 息を潜めじっと草陰から獲物を狙う肉食獣みたいに。

 俺はうずく衝動を必死にガマンして。

 油断なく相手の一瞬の隙を狙う。





 そしてついに絶好のチャンスがやってきた。

 スタッフとともに一同で事務所の近くの店に夜通し飲みに行って。

 2次会、3次会と店をはしごし。

 完全に酔いつぶれたスタッフたちをタクシーに詰め込んだてっちゃんはユッキーを自分の車に乗せてさっさと帰宅。

 残されたケンちゃんはめずらしくそれほど酔ってもなくて。

 同じく残された俺を、あろうことか自分の家に誘ったのである。

「はいど、いまからうち来る?」

「えっ!」

 振り向いた俺はものすごく喜びに満ちた声を上げてしまった。

 ほろ酔いのケンちゃんはにーっこりと笑って。

「まだおれあんまり飲んでないしさーたまにはゆっくり家で飲まへん?」

 行く行く行きます。行かせていただきます。

 二つ返事でさっさと車に乗り込んで、あっとゆーまにケンちゃんち。

 ケンちゃんの後ろについて家の中にお邪魔しつつ、いかんいかんと思ってもつい足がスキップになってしまう。

 待ったかいがありました。
 ついに、念願のAB型の血をいただくときがやってきた。

 やや酔っ払いのケンちゃんはなにやら不安定な足取り限りないし。
 しかもすっごい上機嫌だし。
 ちょっと飲んだら、すごにでも熟睡してしまうだろう。

 おっしゃ。

 この勝負、いただき。

 なんて一人で小さくガッツポーズとってたわけやけど。

 そこには思わぬ天敵が。

「にゃあー」

「ベスぅ〜〜〜たーだーいーまっ!ほら、はいちゃんにアイサツして?」

 真っ暗い部屋の中から現れた一匹のネコ。
 ケンちゃんの愛猫、エリザベス。

 エリザベスはごろごろとひとしきりケンちゃんの足にすりついて、ようやく俺のほうに視線を移してきた。

 爛々と輝く瞳。

 最上の笑みをエリザベスに向ける俺。

 あなたのご主人様、俺さまがいただいちゃうわねー。

 心の中で呟いたら。

「あんた、あたしのご主人様に手ぇだしたらタダじゃおかないわよ。」

 きんきん響く甲高い声が、ものすごい敵意とともに頭の中に突き刺さった。

 しまった。
 こいつ、タダの猫とちゃうやん。

「その腕食いちぎってやるんだから。覚悟しなさい。」

 エリザベスの双眸が異様なほどギラギラ光って。
 俺を射抜く。

 ほお。

 やれるもんならやってみなさい。

 こちとらもう何ヶ月もガマンしてきてるのである。
 化け猫一匹に脅されたぐらいであきらめるはずもない。

 俺は、すっと目を細めて挑戦的に口を歪め。

 負けへんで。

 宣戦布告。

「・・・ふたりともなにをそんなに見つめあってんの?」

 蚊帳の外にされたケンちゃんが少々さみしげに呟いたので、ひとまず俺とエリザベスの睨み合いはいったん幕を閉じた。

 とはいえ、ここからが本当の勝負所である。

 とりあえずさっさとケンちゃんを酔いつぶれさせて、この化け猫をどっか閉じ込めて、シルバークロスもどっかにやってしまって。

 そうなればもうあとは、好き放題血ぃ吸い放題♪

 障害があればあるほど勝負は燃える。

 そいでもちろん最後に勝つのは、この俺さまである。







 さて、覚悟はよろしいかな?













15000ヒッツみなこさまキリリクでございましたっ!!
えーと、ハイケン?(笑)いえいえ。パラレルやけどフツーです(笑)
「ドラキュラハイド」ってリクエストいただいたときは「どないしょーっ!」って感じでしたが
書き始めたらパパパーッと勢いで書けました★
こーゆーバカノリって書いててめっちゃ楽しいっす。
そんなわけでっ、15000ヒッツ、ありがとーございましたっ!!

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送