灰色に沈む夢









 ひどく。

 ひどく懐かしい夢を見た。

 目を覚まし

 けれど窓の向こうロンドンの灰色の空を見上げた瞬間。

 もう、夢の内容は思い出せなかった。

 なぜだろう幸せな夢だったと思うのに。
 とても悲しくて。

 霧に包まれた色の無い空を憎んだ。

















 夕方を過ぎたロンドンの街は人通りが多く
 石畳みの道路を歩きながら俺はぼんやりと考え事にふけっていた。

 冷たい空気が肌を刺す。

 この空のせいだろうか、
 夕陽が沈んでしまうと町も木々も人さえも、すべてモノトーンに落下してしまう。
 でも俺はたぶんこの色が好きなんだろう。

 空覆う分厚い雲はどこか不穏に混ざり合い
 なんとも不可解な景色。

 レコーディングの合間を縫っては俺はこうして街中を散歩した。
 緊張した作業も、
 一人きりのスタジオも。
 慣れてしまえばなんともなかった。
 たぶん、いつもどおり。
 俺はやれてたんじゃないかと思う。

 頭上で鳴くカラスが灰色の街に美しい。

 ロンドンの街は4年前からなにも変わっていなかった。
 灰色で、冷淡で、美しかった。
 変わらず美しかった。

 

 夢のことを考えてみる。

 うたたねの合間にふとまぎれるように見たそれ。
 ああ、これは。
 これは、と、俺はたぶん呟いていた。
 叶わぬ夢だ、これは。
 そうわかった瞬間に風景はかき消えた。
 俺は目覚めて。
 だからひどく悲しくなった。
 叶わぬものを見てしまった。
 だから夢だとわかってしまった。
 たぶんそれが悲しかった。
 見上げたロンドンの空に罪はなかった。

 冷たい空気が肌に痛い。

 この街は、たぶんあまりに切ない。

 

 もうホテルに帰ろうかと思いかけた頃。
 不意に目をやった先に、俺はなんとも哀愁ある背中を発見してしまった。

 歩道沿いの石造りの花壇の上。
 ちょこんと乗っかった細い体。
 灰色の、少し荒れた毛並みの。
 まるでこの街と同化してしまいそうな猫だった。

 緑に揺れる瞳は宙を見つめてる。
 哀切感漂うその後ろ姿に、俺の脳裏には自然、あの人の姿が浮かんできた。

 それはたぶん、その猫が、あの人が昔飼ってたヤツに似てるからじゃなくて、
 たぶん、たぶんあの人自身がまるでその猫みたいだったから。

 その変な親近感と、漂わせる哀愁に惹かれて、
 俺は何気ない風を装って、そっと、そいつの隣りに腰かけた。

 瞬間、そいつは一旦目を伏せるようにしてから、ゆるり顔をこちらに向けた。

 隣りに座って見下ろす俺を、その双眸が凝視して。
 緑色の奥に金色の光。
 キラキラ反射してる俺の姿。
 不思議な気分。

 俺もその瞳に見入る。
 そいつも俺を見つめる。

 時が止まったような錯覚があった。

 人の喧騒とか、車のクラクションとか、全部遠のいていって。

 俺は、丸いガラスに映る景色だけ見ていた。
 水面のようにゆらゆら揺れる光。
 まるで夢のような。

 そう思った一瞬に、

 

 −−−−−−−−−−−あ・・・・・・

 これ・・・・・・

 

 ぼやける視界。
 輪郭は薄く。
 なのに音だけはクリアーに響いていた。

 やわらかに流れる左手の指。
 波打つ弦を押さえる指の先。

 組んだ足の上にいつものギターは乗っかってなかったのに、
 奏でる旋律が、あまりに透き通り、鮮烈で、
 ・・・・やさしくて。

 見えぬ彼のギターが泣いていた。

 俯くその表情は明るく脱色した髪に隠れてわからないけど。
 只真っ赤な唇は微笑んでた。

 俺はじっとその隣りに座ってた。

 ずっと、そばにいた。

 

 −−−−−−−これは、・・・・・これは、夢や。
 俺が見た夢や。 

 

パッパーーーーーーッ!!

「!」

 けたたましいクラクションにはっとして思わず顔を上げると、
 目の前のロンドンの街が灰色に少し騒がしかった。

 視線を戻すと、その音に驚いて猫は走り去ってしまっていた。

 人込みにまぎれ消えて行く後ろ姿。
 ああ、ちょっと、触りたかってんけどな。
 一瞬で終わってしまったあの夢のように。
 もう届かない。

 あんな夢、見たくもなかった。

 シアワセすぎる。

 でも、悲し過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・おひさしぶりです。」

『ひさしぶりですなぁー』

 受話器越しの声は近すぎて、だけど電話ボックスの中は冷えて寒かった。

 透明のガラスに拠りかかり、俺は視線をぼんやりと外の景色に遣った。

「今日なぁー、けんちゃんの夢見たで。」

『まじでぇ?』

「まじで。」

 どんな夢ぇ?ノイズがかった声の語尾が高い。
 おぼろげな夢の景色を、俺はうつろに思い出しながら辿る。

「なんかなぁ、すごいぼんやりしてて。景色が。
 なんかわからんけど、キレイやって。」

『うん。』

「・・・・・けんちゃん、死なんとってな。」

『なにそれ!』

 俺死んだんかいな!
 電話口の向こうでケンちゃんは爆笑してる。

「ううん、ちがうけど。ちがうけど、なんか・・・」

『予感がした?』

「ちがうって!もーやめてよー」

 ケンちゃんの声はどこか愉しげで。
 俺は泣きそうなのに。
 あまりにやさしすぎる姿がかき消されそうで怖かったのに。

 ガラスに透けるロンドンの空が今にも降り出しそうだった。

「けんちゃん、ロンドン来ぃよ。」

『そぉーねぇ〜〜俺もそんなヒマじゃないからぁ〜〜?』

 思わず俺は口元をにやけさせて、

「うそつけぇーどーせラジアンぐらいしか仕事ないんやろ。」

『あっ、なんかむかつくぅー!』

 久々に聞く高い声が可笑しかった。
 図星かい。
 うっさいわ!
 子供のような口調にますます笑いが止まらない。
 ひとしきり笑って、ケンちゃんは、ちょっと間をおいてから、

『アルバム売れたら一杯奢ってな。』

 この傲慢な男が今どんな表情をしてるのか手に取るようにわかる。
 きっと目を細め、ちょっと馬鹿にするように口を尖らせて。

 俺は笑いながら、

「じゃーけんちゃん出世払いな。」

『おう、ええで!』

 返ってきた声は、夢で聞いたあの音色より、断然透き通って響いた。


















 ああ早く来ぉへんかな。

 あの夢はもう只の夢で、
 もう一度見ることも続きを見ることも叶わないだろうけど。

 俺のそばには、今でも、あの人がおるんやから。

 もうそれだけで、満足なんです。






 

 

 


19000ヒッツ、ライカさまリクでございました。
えーー、ハイドに佐竹が乗り移ってます。もしくわライカさんが(笑)
バレバレですけどシャロウスリープベースで。
「ロンドンで猫を見てけんちゃんを想う」ってリクいただいた瞬間に
もうシャロスリしかねぇ!と、決意(笑)
時期的には、2001年の秋とか冬とかそのへんで。
てか後半はいちゃん日本に電話しとーけど
日本早朝だっつの。時差を越えたなーこの2人は。
いやー久々にけんちゃんラブ★な話が書けてめっさ楽しかったっす!
19000ヒッツ、ありがとうございましたーーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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