ノーティボーイにゃかなわない












 真っ白に反射するレフ板をぼけっと眺めていたら、ふと横からぐいぐい服を引っ張られる感触に気付いた。

 視線をやれば、でっかい目で凝視してくるちっちゃいおっちゃん。

「なに?」

 問いかけると、不思議そうにまばたきを数回繰り返して、

「けんちゃん、先週の水曜日俺と約束したこと、ちゃんとおぼえてる?」

「・・・・・・・・・・・・」

 黙考すること数秒。

「おぼえてませんって顔に書いてあんで。」

「あ、バレた?」

「バレバレ。」

 撮影中なので一応声は落としているものの、ハイドの批難するよーな低音ボイスはやたらに迫力があって怖い。
 えへへごめんごめんと適当に笑って、しかしケンの頭にはちーとも先週の水曜日の記憶が浮かんで来ない。

「ええっとぉ、なんやったっけ。」

「ほたるいか。」

「は?」

「ほたるいか。」

 ほたるいか?
 ハイドの言葉をそのまんま鸚鵡返しにしてみても、ケンにはさっぱり意味がつかめない。
 それにたいしハイドはやや憮然とした面持ちで、

「友達が漁師やっとるから、ホタルイカの海釣りに連れてってくれるって約束。」

「・・・・・・は?」

 思いっきりマヌケな声が漏れる。
 だかしかし、斜め下からじーっと見詰めてくるハイドの視線には、知りませんとは言わせへんでというなかば怨念のようなものが伝わってきた。

「・・・・・・・おれ、そんなこと言った?」

「言った。」

「ほたるいかって?」

「ほたるいか。」

 うんうんと大きくうなづくハイド。
 しばし二人は無言で見詰め合い、

「それ、いつ行く約束で?」

「今日。」

「きょお!」

「きょー。」

 忘れてるぽかったから言うとこーと思って。今。
 にこやかに笑うハイドにむしろ言わんとってほしかったと心から願うケンは、しかしいまさら時は戻らず後悔後に立たず。

 だがここで謝り倒して覚えてませんすいませんと許してもらえばいいものを。

「連れてってくれるよな?」

 なんて、上目遣いに両手を組み合せて頼まれたりしたら。

「――――もっちろん!男に二言はなーい!」

 やめとけと思いつつ覚えにもないも約束を引き受けてしまうケンなのであった。












「ぬぁにぃー!漁師やめたぁー?!」

 携帯の電話口に叫びながら、ケンは思わず勢いで立ちあがっていた。
 しかし電話の向こうから「何年前の話してんねん!」と逆にツッコミをいれられてしまう。

 声に驚いてこっちを見ている撮影スタッフ達を無視し、ケンはぐらーりとめまいを覚えて再びイスに倒れるように座りこんだ。

「うそぉ〜〜あーマジでぇーどないしょー」

 額に手をあて天を仰ぐが、いい考えが降ってくるはずもなく。
 頼みの綱だった同級生はとっくの前に漁師やめてサラリーマンになったとか言ってるし。
 しかたなしに、最後の手段。

「オヤジさんは?まだ現役で漁師やってる?」

『やっとることはやっとるけど』

「マジで?!よっしゃ!」

『けど今ホタルイカの季節ちゃうやん。』

「!」

 級友のキツイ一言に、あわれケンは再びイスに突っ伏した。
 彼曰く、「ホタルイカは4月ぐらいから6月の終わりあたりまでやで」。
 しかしその声も絶望感に打ちひしがれているケンにはあまり届いていなかったが。

 そっかぁーありがとぉーと一応の礼は忘れずにそのまま通話を切った。

 ああ俺はたぶん今日死ぬ。

 だいたいあの男との約束(身に覚えがなくても)をやぶって無事に済んだためしなどないのだ。
 しかも当人、そーとーに楽しみにしているらしい。
 これはマズイ。ひっじょーにマズイ。
 イスとじゃれてる場合ではない。

 がばりと勢いよく立ちあがってすぐに頭を切り替えたケンは、数分後には撮影所のありとあらゆるところから集めたタウンページやらなんやらに囲まれていた。

「・・・・ケンちゃん、そんなとこでなにしてんの?」

 撮影スタジオの隅っこで、なにかのオブジェのように積み上げられたタウンページの中、衣装を着たユキヒロは、暗がりでヤクザ座りして床に置いた雑誌と睨めっこしてるケンを発見した。

 ケンはへろへろとん顔を上げ、しかも泣きそうな情けない表情だったので、思わずユキヒロはちょっと笑ってしまう。

「男と男の約束をぉ〜、守るためにがんばってんの〜」

「へぇー。」

 相変わらずケンの説明はまったくもって不足だらけだったがそのへんは軽く流すユキヒロ。
 たぶんまた厄介な仕事を引き受けてしまったのだろうと推測する。

「それはいいけど、ケンちゃん次じゃないの?」

 ちらっとスタジオ中央に目をやれば、ごちゃごちゃと並んだ小道具に囲まれて撮影してるハイドの姿。

「あーほんとだぁー」

 よーっと掛け声をかけ立ち上がり、ケンはフラフラしながら中央の方に寄っていく。
 ユキヒロも両腕を組んだままゆっくりとその後を追うが、前方を行くケンの足元がおぼつかなくて、よくわからないけど気の毒だなーなんて思ってしまう。

 しかも撮影を終えたらしいハイドが、自然とこっちに歩み寄ってきて。
 ケンと交代してすれちがった瞬間、がしっと腕をひっつかみ、顔を覗きこんで、

「ケンちゃん、楽しみにしてるからな。」

「うっ!」

 にーーーっこり。
 最上級のハイドの笑みを直視してしまったケンはさらに絶望感に追い討ちをかけられてしまうのであった。

 ハイドが姿を消してもまだ固まってるケンに向かって、ユキヒロは。

「なんか知らないけど大変そうだね。」

「はははー」

 返ってきたのは力ない笑いだけであった。

 カメラの調整や機材のセッティングでやや時間が空き、ようやくケンがげんなりしつつも撮影に入ろうかと思ったそのとき。

「あっ!!ケンちゃん後ろ!」

「いっ!?」

 突如背後からテツの声が響いたのとケンの後頭部に薄い雑誌が激突したのはまったく同時だった。

「ったぁーー!!」

 唐突な雑誌の襲撃を受けてしまったケンは批難がましい声をあげ、背後に振り返る。
 振り向いた先には、衣装に着替えたテツが慌てながらバタバタと走ってきていた。

「ごめぇーん!!チャーリーに当てるつもりやってんけど!」

 びしとテツの指先は、スタジオ隅に逃げ込んだ馴染みのカメラマンを指している。
 舌を出して笑ってるのを見て、テツはきーっと地団駄を踏んだ。

 とばっちりを食らったケンは、もう今日は仏滅だと思ってあきらめようとがっくり肩を落とし、不運にも投げつけられた雑誌を拾い上げたのだが。

 ふと、手にとったその雑誌に目が行き。

「なにこれ。」

 中をペラペラめくりながら、寄ってきたテツに問うと。

「やーもうそろそろ季節やろ?見にいきたいなーと思って。久々に。」

 嬉しそうに笑うテツに、雑誌を手にしたままケンは顔を向け、

「・・・・そーれはナイスアイデアやね。」

 にーんまりと、極上の笑みを返すのであった。












「おつかれさまでしたー」

「おつかれー」

 撮影も無事終了し、ハイドが事務所スタッフとスタジオをでた頃にはすでに夕闇が迫っている頃だった。

 さー今日は帰ってゆっくり寝るぞー

 夕空を見上げ、のんびりと伸びをしていたハイドの目の前に、突然一台の車が割り込んできた。

 パッパー

 クラクションが鳴って、助手席のパワーウインドウが開く。
 何事かとちょっと覗きこんでみると。
 開いた窓からグラサンかけたケンが顔を出してきた。

「さっさと乗りー」

 楽しそうににやりと笑って、助手席を指す。
 ハイドは、まさか、と口の中で呟いて。

「まさか、ほんまに連れてってくれるん?」

「男に二言はないとゆーたでしょー?」

 誇らしげに胸を張るケン。
 その姿をやや呆然とした面持ちで眺めて、ハイドは、

 ・・・・・・冗談やってんけどなー

 嘘の約束を本当に叶えてやろうというこの目の前の男に、呆れつつも感心していたりした。

 しかしよもや自分が騙されてるとは知らず、それでも嬉々とした様子のケンにつられ、にんまり人の悪い笑みを浮かべハイドはケンの車に遠慮なく乗りこんだ。

「よーっしゃ、出発しんこー」

 バタンとドアを閉めたのと同時に、ケンがいろいろと金をかけ手塩にかけている車が発進する。

 そういえばこの男とどこかにでかけるのも久しぶりだ、とハイドは運転席のケンにちらっと視線をやった。

 本当は先週の水曜に約束したことは、ただ久々に夕飯を食べにいこうというものだった。(しかもケンの方からのお誘いだった。「近所においしい寿司屋さん発見してんーイカめちゃめちゃうまいねんで!」)
 ここのところずっと忙しくかったから、食べにいくだけでもすごく楽しみにしていたというのに。
 それをすっかり忘れてる風だったから、ちょっとイジワルしてやろうと思っていったでまかせだったのだが。

 まさか、本当に叶えてしまうとは。
 つくづく先の読めない男である。

 順調に走り抜けていく景色をなんとなく眺め、ハイドはふと疑問を覚えて、

「けんちゃん、これ、どこに行くん?」

 尋ねると。

「んー?琵琶湖。」

「うそ。」

「ほんと。」

 琵琶湖て。日帰りで行く気か。
 さすがに内心焦りつつ、ハイドが再び運転席に視線を戻すと。
 ケンも、ちらっとこっちに目をやってきて。

「ホタルイカといわず、ほんもののホタル見せたるわ。」

 ああ相手のが一枚上手やったな。

 満面の笑顔を向けてくるケンに心の中でほんまもんのアホや、この人、と呟いて、それでもつられて笑ってしまうハイドなのであった。









 

 

(あとがき)
19999ヒッツ、姫のリクでしたぃ!
えー実は今回のリクは、以下のセリフを使えというものでして、
「ケンちゃん、先週の水曜日俺と約束した事ちゃんと覚えてる?」
「あっ!!ケンちゃん後ろ!」
「ケンちゃん、そんなとこで何してんの?」
ね、ムリヤリやけどなんとか入ってますやろ?笑
むずかしかったっすわー!おもしろかったけど!
久々にギャグ風味で。構想思いついてからはわりとすぐに書けました。
琵琶湖の近くに絶好のホタルポイントありますよね。1回いきたいなぁー
そんなわけで19999ヒッツありがとうございましたー!

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