水葬の水
夕方頃から降り出した雨はどうせ夕立だろうと思っていたのに、意に反して夜深くなってもまだ止む気配はなかった。 ざあざあざあ。 やっぱ今日はムリだね。 ホテルロビーの大きな窓から空の暗雲を見上げていたスタッフたちも、あーあと漏らしながら散っていく。 俺はおっきな雨粒てが叩くガラスをただじっと見つめていた。 「もぉーー楽しみにしとったのにぃー」 「仕方ないって、ケンちゃん。またいつでもできるじゃん。」 残っていたスタッフの1人も、ぽんぽんと軽く肩を叩いて、苦笑しながら立ち去ってしまった。 ざあざあざあ。 なんで泣いてるんよ。 頭上から降ってきた声に、銜えてた煙草を指に挟み見上げたら、透明の傘をさしてる幼馴染みの顔。 「不良ちゃうもんっ」 ぷいっと顔を背けたら、テツは笑いながら 「こんな時間に外ウロウロすんのは不良の証拠やで。」 んっしょ、と俺の隣りに腰を下ろした。 俺はまた視線を空へ戻す。 深い水の底。 雨粒が地面を不思議なリズムで叩いてる。 そして薫る潮の匂いと。 「夏ってさー」 言いかけて横にいるテツの方を見やり、はたと俺は動きを止め。 「なんで下りてきたん?」 こんな夜遅くに、こんなとこに。 透明のビニール傘越しに、テツと目が合った。 「下の、あのーロビーのとこでテレビ見とってん。ユッキーもおったけど。なんか雑誌読んでた。」 「あーそおなん。」 みんな珍しく遅ぉまで起きてんのね。 「やっぱアレや、花火できんの残念やったんやろ。」 言いながら、テツはさしたままの傘の下から雨降る夜空を仰ぎ見る。 「落ち込み方はケンちゃんが一番激しいけど。」 テツがこっち見てにやって笑う。 落ち込んでる? 「夏がどーしたん?」 「んー、夏ってさぁ」 雨で湿気ってしまった煙草をコンクリートでぐりぐり潰す。 「夏って、喪失の季節やんね。」 「・・・そんなん言うの初めて聞いたわ。」 「そお?」 俺はまだしつこく煙草を潰してる。 立ち昇る熱気。 キツい色の木立からまるで刺すような真っ白い光。 その視界を劈く白が、野外ステージで浴びた無数のライトと重なったと言ったら、テツはどう思うやろ。 俺を食おうと待ちかまえてる。 意味のない傘をさしたまま。 「来るとき近くに海なかったっけ?」 ざあざあざあ。 「あー、そのへん全部海やで。」 「うそっ!真っ暗で全然わからんかった。」 俺が指で適当に目の前の暗闇を指し示すと、テツはポーチの下から少し身を乗り出して、じっと前方を凝視してる。 ぱしゃん。 地面にたまった水が撥ねた。テツの無遠慮な一歩によって。 え、どこ、どこ。 ホテルの玄関のライトのせいで、余計に先の景色は真っ暗で。 「あのへん、波打ち際キラキラ光ってんのそう。」 俺の指の先には、電灯の光を刎ねかえしてきらめく、波の飛沫が。 「わ、ほんまや。」 なんとか海の所在を確認したらしいテツが、傘をさしたまま隣りまで戻ってくる。 ホテルの灯りに照らされたテツの顔は、やっぱり笑っていて。 「ケンちゃん目ぇ悪いのに、ようわかったなぁ。」 わかるよ。 口の中で小さく呟く。 だって。 テツにはたぶん見えてないだろう。 海が俺を手招くのだ。 何度も何度も。 そして俺は 眼前に広がるこの深く冷たい腕になら、
俺の体の中に降る雨。 それが海に帰りたがってる。
テツの言う通り。俺は落ち込んでる。 花火がしたかった。 俺を引き摺る幾千の手も、 俺は海を恐れながらも 愛してやまないから。
数刻前のように、頭上から降ってきた声。 俺は見上げる。さっきと同じように。 「水ん中でも花火できるって、ほんまなんかな?」 傘の透明ビニール越し、テツが俺を見てニヤリと笑う。 何年前たっても変わらない。 俺も笑った。たぶんテツと似たような笑い方で。 ためしてみよっか? 声は雨音にかき消されそうだったけど。 危険な遊びはいくつになってもスリルがあって、やめられなくて。
生温い手。 この体に流れる温かな血と、冷た過ぎる海水との温度差がもどかしい。 それでも今はただ。 傍にある体温もまた、愛していたいから。 |
27000ヒッツ、楼悸憐斗さまリクでした。
最近やたら精神論ですね。理屈っぽくなってきたな(笑)
リク内容は「ケンちゃんの独白っぽいのでテッケン」ってな感じでしたので。
あ、佐竹の大好きな分野やなと思って(笑)
海にたいする思い入れ。海って生き物ですよね。
佐竹の海への愛とケンちゃんの海への愛は全然ちゃうんやろーけど
きっと海好きな人ってね、海が怖いんやと思うんですわ。
そーんなこんなで久々幼馴染、いかがなもんでしょか。
遅くなりましたが27000ヒッツ、ありがとうございましたーっ!
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