左腕を、丸ごと失った。





 病院に連れてってもらったけど、手遅れだった。

 こんなに神経も骨もぐちゃぐちゃに切断されたら、どうしようもないだって。

 そりゃそーだろね。

 潰されひしゃげた自分の左腕を見下ろして、俺は肩を竦めた。

 だらりと垂れる腕は、意外に重い。

 その重みが、やたら生々しく感じて。

 左肩から下の空疎感が慣れない。










 そんな夢を見た。










 あなたがいてもいなくても













「そら、イヤな夢やったなぁ。」

「まーね。でもそんなヤでもなかったよ。」

 夢見た本人はケロッとした顔でそう言ってのける。
 話聞いてた俺の方が顔を顰めていた。

「左腕失って、ヤじゃなかったん?」

 ケンちゃんは、んー、と考えるポーズをして、

「そんなねぇ、不便でもなかったし。」

 俺は思わずガクッと肩を落とす。

「そーゆうもんだいか。」

「うーん。」

 誤魔化すようにあははと笑ってるケンちゃんを見て、俺はもう一度気を取り直して聞いてみる。

「で、その夢と今日自慢のおひげがないんとどー関係があるん。」

「それがな、きーてよはいちゃん。」

 はいはいなんでしょう。ちゅうか最初っからそれを聞いててんけど。
 俺は久々にひげのないケンちゃんの顔を見た。

「その夢見てさ、起きて、変な夢見たなーって思っとったら、なんと、左腕が動かへんくて。」

「ふーん、て、えええ!?」

 冗談キツイで!
 俺は思わず叫んでいた。そらーもう大声で。
 がしかし、ほら、といってケンちゃんが左肩を動かしても、左腕はうんともすんとも反応がなくて。

 うそぉー
 俺が動かないケンちゃんの左腕をとってみると、ずっしりと重い感触。
 まったく力が入ってない。神経が、断たれた腕。

「ええ?これ、だいじょーぶなん?治るん?」

「やーわからんけど。まーそのうち治るんちゃうかなぁー」

 まるで他人事みたいやけどケンちゃん、あんたのことですよあんたの。

「なんかきっと精神的ショック?ってゆーの?そんなんやと思う。」

 だらりと垂れたままの左腕をぶらぶら振って、平然とした様子のケンちゃん。
 腕が動かんなんてドエライことやねんけど、俺もそのケンちゃんの様子に毒気抜かれて。
 どうもイマイチ緊迫感がなかった。

「今日朝からずっと?たいへんやったんちゃうん。」

「あんねぇ、これが案外フツーやねん。たいへんそうって思うでしょ?俺普段通りに家でてここ来れたもん。」

 ここ、つまりレコーディングスタジオ。
 ひげのないケンちゃんは、腕1本失って、いつもどおりなのだという。
 ・・・やっぱ変わってるなぁ、この人。

「でもね、バランス感覚めーっちゃ悪いねんよ。すーんごい重いの、この左腕。
 ふらふらーふらふらーしててぇ、んでひげ整えるときにぃ、じょりー!って。」

 キレテナーイどころか思いっきり切れてた。
 あれやこれや身振り手振りでしゃべって、ケンちゃんはなんか楽しそう笑う。
 ひげがないせいか、いつも以上に幼い表情で。
 えーいこの状況でなんで笑ってられるんかわからーん。

「ほぉー。それで今日はひげ剃ってきたんやな。」

「そーでぇーす。」

 またイチから生え直しやで。レコ中でよかったわー
 そう笑うケンちゃんに、俺は、
 普通はひげ生えててんでレコ中でよかったーやと思うんやけど、と胸の中でツッこんでおいた。

 

 

 

 ひげがなくて左腕がないケンちゃんは、スタジオの隅でぼけーと座っていた。
 ときたまブースの外にいってマニピュレーターさんとなんかしゃべって、また戻ってきてぼけー。
 積み上げられたアンプをちょっといじってはまたぼけー。
 右手に煙草挟んで、視線は宙に泳いで、口が半開きで。

「・・・・・なんか死んだ魚みたいな目してるね、ケンちゃん。」

 ドラムをウォーミングアップにダカダカ叩いてたユッキーが、居た堪れなさそーに呟く。
 背後のアンプをいじりながらテッちゃんも、

「ギター弾けんのがさみしーんやろー。左手なかったら話にならんもんなーギターって。」

 その言葉はわりとグサーッてきたと思うけど、ケンちゃん。
 そう思ってちらっと視線をやると、聞いてなかったのかどーなのかやはり半放心状態のまま
ケンちゃんはイスに座り宙を見上げてる。

 俺はマイクスタンドを前に、イスに座ったまま煙草を口に寄せ。
 横目でじーーっと、ケンちゃんの動かぬ左腕を見てた。

 朝起きて、朝食も作れて、歯磨きもできて顔も洗えて(まぁひげ剃りは失敗したけど)、
 車も運転してここまで来れて。
 左腕一本なくても不自由なかったのに。

 ギターだけが、弾けないなんて。

 しかもギター弾く能力もってるだけに、残酷。
 走る力があるのに、足がないみたいな。
 歌う力があるのに、声がないみたいな。

 ギターが弾けなくてもケンちゃんはケンちゃん。
 左腕なくったって、ひげあったってなくったって、ケンちゃんはケンちゃんなんやけど。

 でもやっぱり、俺の中でどこか、抜け落ちちゃった感じがする。

 今きっと、イヤな夢やったなぁっていったら、
 きっとケンちゃんはうんって言うと思う。きっと。たぶん。

 あー神様。
 こんなときだけ神頼みかいなんて俺を見捨てんといてください。
 鰯の頭も信心から。
 おねがいやから神様、ケンちゃんの腕、なおしたってください。
 意地悪しないで。なおしてあげて。
 あの人の弾くギターって、そりゃもーすごいんです。
 ほんまです。あれは俺のためのギターなんです。

 だから、なおして。おねがい。








 次の日やってきたケンちゃんは鬱憤はらすかのごとくギター弾きなぐってた。
 俺は笑った。
 みてみ、俺の願かけ、強力やろ?
 言葉にはださずに。ただ。

 1週間後にはいつもどおりひげをきれいに整えて全部元通り。
 弦を押さえる左手のキレは、むしろさらに鋭くなった気ぃする。
 や、俺様が言うんやからまちがいない。



 実を言うとギターよりも、
 「死んだ魚」なケンちゃんがイヤで。
 ケンちゃんにはいつも水を得た魚であってほしくて。
 そっちのほうが重要やったってことは、まぁ神様にもナイショにしとこかな。

 ハイドでした。おしまい。









21128、麻弥さんリクですた!
これリク内容なんやと思います?当てたらすげェ(笑)←笑いごとじゃねぇ
「ヒゲのないケンちゃん」がリク。一応そってるか!?いいのかコレで!?
ある日ふと気づきました。右利きの佐竹が右手失ったらそらーもう大損害やけど、
左手失っても、ただギター弾けんだけなんではあるまいか。
ギター弾けないケンちゃん、いろいろ欠けちゃってます。
半ギャグ話?軽い気持ちで書きましたんで、深読みしないでネ★

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