彼からの手紙







 どこにでもある茶封筒だった。宛名には一言、「テツへ。」
 差出人の名前はない。
 名前なんかなくても、その文字が、字面が、言葉が。
 すべてを、物語っていた。




   テツヘ。

   ひさしぶりやね。元気してる?
   オレはあいかわらずです。ここはちょっと寒いね。
   みんなはどうかなぁ、変わりない?
   長いことそっちに帰れんくてゴメンね。
   たまには帰りたいと思います。
   じゃあ、またね。




「‥‥ケンちゃん?」

 そんなバカな。

 届くはずのない手紙だ。
 書かれるはずのない手紙。
 ケンちゃんのはずがない。
 でもケンちゃんの字だ。まちがいない。筆跡はまちがいない。記憶も定かだ。
 だけど。
 ケンちゃんのはずないんや。


『テツ?‥‥あのね、よう聞いて。今日、ケンちゃんのお母さんから電話があって、ケンちゃんね、事故で、今朝、‥‥』


 これは、天国からの手紙か?











 夏の日差しが近づいてきていた。あの日は、凍えるような冬の日だった。
 久し振りに故郷に帰ってきたケンちゃんは、静かに、静かに、目を閉じてた。

 半年。ようやく、半年がたったのだ。
 移り行く時間や日々の忙しなさが、突然にぽっかり空いた穴を、少しづつ埋め始めていたというのに。
 今頃になって、なぜ、オレのとこなんかに。
 手紙なんか。












   テツヘ。

   調子はどう?元気してる?
   オレはあいかわらずです。



 10日に一度、ケンちゃんからの手紙は届いた。あて先も、差出人の名前も住所もない手紙。でもそれはまちがいなくケンちゃん
からの手紙だった。


   
   もうすぐ夏になるね。ここはまだ、ずいぶん寒いわ。
   そろそろウチに帰りたいです。みんな元気してるかちょっと心配。



 オレは手紙のことを誰にも言えずに、ただ毎日じっと、その白い紙面と向き合った。
 死んだ彼からの手紙。消印がないから、いつどこから出されたのかもわからない。天国郵便局、とかいうハンコが押してあったら
笑って納得できたのに。
 なにも、書かれてないから。
 死んでないんじゃないかと。
 どっかで、元気に生きてるんじゃないかと。
 期待してしまうやんか。

「さっさと帰ってこいや、このホートー息子。」

 手紙はただただ送られてくるばかりだ。




   覚えてる?昔、線路の上に空き缶のせたりして遊んだよなぁ。
   コンクリートで舗装されたガケをダンボールしいて滑りおりたりとか。
   なつかしいね。またやりたいなぁ。




 町の間を、三両編成の貨物列車が通り抜けていく。
 家の軒すれすれに敷かれたローカル線、その線路の上を、重いランドセル背負って、素足でバランスとりながら歩いた記憶。
 今はもう、ただ錆びていくだけの廃線だけど。

 ゴオォォォォ
 カンカンカンカンカン
 ガタンガタン、ガタンガタン、

 揺れる遮断機の向こう、快速電車が騒がしく駆け抜ける。
 この町に新しく敷設された線路を、ケンちゃんは見たことがあっただろうか。
 吸い込まれるように、走り過ぎていく電車の残像に見入る。

「‥‥帰って来んなら、オレが連れ帰ったるわ。」















   テツへ。

   元気ですか?
   ここはとても寒いし冷たいです。
   そっちはもう夏なんやろね。
   花火みたいなぁ。
   ウチに、帰りたい。




 ケンちゃんからの5通目の手紙。
 引き出しの奥深くに隠すように突っ込んでいた今までの手紙も全部かき集めて、カバンの中に詰め込んだ。
 急がないと、子供のころ毎年見に行っていた町の花火大会に間に合わない。

 オレは電車を乗り継いで、半年前ケンちゃんが住んでたとこに向かった。
 人に聞きまわってようやく辿り着いた。なんの変哲もない、簡素な住宅街とアパート群。その一角の十字路。

 歩道もガードレールも何もない、曲がり角にばさりと、少し枯れかけた花束が供えてあった。




   いままでもいろいろお世話になってきたけど、
   これが最後のおねがいです。

   テツ、
   迎えに来て。

   帰りたいねん。




「ケンちゃん、来たで。ウチに帰ろう。」
 花束の前にしゃがみ、手を合わせて呟く。死んでからも、手のかかる人やでほんま。

 立ち上がって周囲を手当たりしだい探し回った。カバンの中でグシャリと手紙が曲がる。
 死んだ彼から届いた手紙。
 返事も書かず、その文面を一ヶ月以上も理解できなかったオレを、あの幼馴染みは恨んでるだろうか。
 だってあまりに突然の死が強烈すぎて、
 その上、手紙だなんて。

 半年間、ここで、待ち続けてただなんて。





 道路わきの溝の奥に、それは見つかった。
 細長く、骨ばって。形は少し崩れ、泥に汚れてしまっていたけれど。

 ああこれが。
 オレを呼んでいたのかと。



 丁寧に包んで、カバンにいれて持って帰った。
 帰りたがっていた、故郷へ。



「おばちゃん、コレ。」

 差し出した包みをあけて中を見るとおばちゃんは、口を手で押さえ目に涙をためて。
 オレは、握りしめていた5通の手紙も、手渡して、静かに笑んで、

「返してあげてください。ここに、帰りたがってたんです。」

 








 はねられたときの衝撃で、ケンちゃんの右手の人差し指と親指はどこかに飛んでしまっていた。
 警察がいくら捜しても見つからなかったという。
 オレが見つけれたのはたぶん、呼ばれたからだろう。

 置き去りにされた指は還りたがっていた。
 故郷へ。

 









 あれからもう、ケンちゃんからの手紙は届かない。












fin

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55555ヒッツ、メシ王さまリクでした。
ホラーでテッちゃんプッシュとのことでしたが、これって…ホラーなのか?(疑問)
ちゅーかケンちゃん殺しすぎな!ごめん!幽霊にしすぎ!車にはねられすぎ!
次あたり幽霊はユッキーでいこう。…ユッキーの幽霊って怖。
久々に全部タグ打ちしました。あーめんどかった。でもたまにやるとおもしろいです。
55555ヒッツ、ありがとうございましたー!


 

 

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