クリスマスが近付くと、どうも日本人はボケてくるらしい。
浮かれたお祭り気分がそうさせるのか、とにもかくにも、事務所に行くために乗った電車でぼーっとしてたらいつも降りる駅のひとつ前で降りてしまった自分もどうかと思うが、今眼前で道端にしゃがみこんで野良猫とじっと見つめ合っているこの男もじゅうぶんどうかと思う。
「なにしてんの?」
見下ろしながら話しかけると、痩せ細った猫はビックリして路地裏に逃げていってしまった。
あー、と残念そうにその後ろ姿を見届けて、しゃがんだままケンちゃんはようやく俺の方に振り仰ぐようにして顔を上げる。
「ユッキ〜」
非難されるかと思ったらいつもどおりににやーっと笑ってたので、もう一度「なにしてたの?」と尋ねると。
「あの子が、『寒いねぇ』ゆうから、『寒いねぇ』ゆうててん。」
彼は獣語も解するらしい。
しかもそのボケっぷりはどうやら我らがリーダーにまで伝染しているようだった。
「うぅわ〜、今日の昼飯は豪華やね〜」
事務所の会議室に入るなり、寿司〜♪とスキップするようにケンちゃんはデスクに駆け寄って、じーーっと羨望の眼差しでそのデスク上に並べられた特上寿司を見つめている。
デスクの向こうにいたテツくんも、やたら嬉しそうににやにや笑い。
「今日はクリスマスイブやからな♪豪華にお寿司とってみました。」
「クリスマスにお寿司ってどうなんよ、それ。」
まさに俺が心の中で思ってたことをずばりハイドくんが代弁してくれたが。
「いいやん、和洋折衷で。」
言いながらケンちゃんとテツくんはすでに寿司のプラスチックカバーを外しにかかっている。
さすが寿司好きコンビ。行動が早い。
しかもその横でさっきあんなことゆってたハイドくんさえ、2人より早くもうマグロのにぎりに手を伸ばしていた。
それで終わればまだよかったものの。
いつまで続くのかと思われるぐらい長い会議がようやく終盤にかかり、あれだけあった寿司もガリや巻寿司を残して姿を消してしまったころ、クリスマスボケにとどめをさしたのは、やはりというべきか、ハイドくんだった。
「なぁ。」
それまで言葉らしい言葉をほとんど発しなかったハイドくんは、デスクに肘ついて、いつもどおりぼんやりとした口調で。
「鍋したくない?」
やはりクリスマスに仕事はするべきではなかったのだ。
だからなんでクリスマスに鍋なのよ、というユキヒロの意見はそっこうで無視され、しようしようと盛りあがっていつのまにかセッティングは済み、気付けばいい年したオッサン4人で、カセットコンロにかけた鍋を囲んでいた。
「なーに入れよかー」
ごそごそとそこら中を物色しているケンが探す場所をなくしてキョロキョロしていると、所員のデスクがたくさん並んでるあたりをうろついていたテツが戦利品を抱えてもどってきた。
「ようさんいろいろ見つけてったでー」
机の上にドサリと置かれたインスタント食品やら保存食やらお菓子類を、座って待っていたハイドとユキヒロが適当に漁る。
それ人の食いモンやないのー?とかなんとか言いながら、ケンもそれに混じって戦利品を物色していた。
テツは堂々と胸を張って、
「俺が見つけられるよーなとこに食いモンを置いておくほうが悪い!」
「すぅーごい理論やな、それは。」
ツッコミつつハイドもとくに止める気はなさそうなもんである。
「これとか入れたらよそさそうじゃない?」
「あ〜おいしそ〜」
「いいんちゃう?タレも入っとるし。どうせ醤油もなんもないしなー。」
そもそも醤油もタレもない状態で鍋をやろうというほうが無謀なのだが、とにもかくにもそんなノリ気じゃなかったはずのユキヒロが提示した醤油味のカップラーメンが、クリスマス鍋の具第1号となった。
「うわ〜〜ええ匂いするな〜。おなか空いてきたわ〜」
「ケンちゃん1番ようけ寿司食っとったやん。」
「これ鍋にしないでカップラーメンとして食べたほうがおいしいんじゃないかなー」
「成長期やねん。」
「それ以上成長せんでよろしい。」
「趣きがないなぁ、鍋で食うからおいしいねんて。」
「クリスマスに鍋してる時点で趣きもなにもないけどね。」
鍋に放りこまれた麺をほぐしながら、4人は次に入れるべきものを探しにかかる。
「じゃあさあ、とりあえずカップ麺系は入れちゃう?具ないと話にならんしな。」
「さーんせ〜」
かくして発見されたインスタントラーメンは封をあけられ次々と鍋の中に放りこまれていったのだが。
「あーーー!!ゆっきーせっかく醤油味で整えとったのに味噌味のタレ入れたらあかんやん!」
「えぇ〜?味濃いほうがおいしいよ?」
「これさぁ、よう考えたら野菜ほとんど入ってへんよなぁ。」
「いらんよ、野菜なんか。」
「薄味がいいねんやん〜。味噌いれてもーたら土手鍋みたいになってまうで〜」
「野菜食わんと大きくなれんよ〜?」
「大きくなれんくってもええもん!」
「なに?土手鍋って。」
投入物が増えるにつれダシの色はどんどん怪しくなっていくのだが、とりあえずカップラーメンを全部入れおわったところで、一同は各自小皿をもっていっせいに食いにかかった。
「うわぁ〜あ、なんか醤油と味噌が7:3ってかんじ〜」
「びみょうなとこやなぁ、この味噌のちょっと舌に残る味わいが」
「うん、おいしいおいしい。」
「ユッキ絶対味覚ちょっとおかしいわ」
麺やチャーシューがどんどん無くなっていく中で、次の目標にされたのは保存食品類であった。
「意外にこれ納豆とか入れたらおいしいかもね。」
「なに考えてんの!おかしいって鍋に納豆なんか!」
「じゃあめかぶとか。これやったらえのきの代用になるかも。」
「ならんならん。絶対ならん。」
「トーフとかあったらええねんけどなぁ・・・あっ!マーボードーフの素発見!」
「でかしたリーダー!」
「さすがリーダー!」
”麻婆豆腐の素”が加えられた鍋のダシの色は、さらに判別不能の域へと達しつつある。薄い山吹色と茶色と赤が混ざるとなんとも奇怪であった。
「うーん、さすがにこの色はちょっといただけへんなぁ」
「あのー、あれは?さっきの寿司にはいってたガリ。」
「なんかどんどんわけわからんことになってきた・・・」
「なぁ、ダシにふつうお酒とかいれるよなぁ」
「いれるよ、いれるけど普通そこで缶チューハイはありえんと思うわ」
「このさいメロンとかグレープフルーツ味のがフルーティでおいしいかも。」
「本格的に闇鍋化してきたな」
クリスマスに闇鍋って・・・とようやくテツが事の深刻さに気付いてきたのだが、もはや後の祭としかいいようがなかった。
「でもこれで意外と食えるんが不思議やなぁ」
「なんか独特の味わいがあるねぇ」
やや後悔を感じているテツの横で、ハイドとケンはマイペースに箸を進めている。
ユキヒロはさっきからキョロキョロと周囲を見回していた。
「何探してんの?」
「いや、せっかくだしなんか甘味がほしいな〜っと思って」
「おいおいおいーまたユッキがとんでもないこと言い出したで」
「たのむから鍋には入れんとって!」
「ん?」
ぼちゃん。
その拍子、ユキヒロの手から滑り落ちた物体は、見事鍋の中に落水し、みるみるうちにダシは明るい茶色へと変貌していった。
香るは甘い、チョコレート。
思わず4人は凍結して。
「えーと。」
とりあえずユキヒロはおたまでその茶色く染まった一帯をすくいあげると、
「ケンちゃん、これ俺からのクリスマスプレゼント。」
「オニやー!この人オニや〜!!」
「ユッキー酔ってるんかな・・・」
「いや、この人の場合シラフやから怖いねんて。」
こうしてメンバーはまたひとつ、忘れられないクリスマスの思い出を作ってしまったのだった。
「とりあえずその溶解物は責任もってケンちゃんが食ってな」
「なんで俺の責任やねん〜!」
「ユッキーのターゲットにされたんが運の尽きやわ。まぁ犬にでも噛まれたと思ってあきらめて。」
「これチーズとかいれたらおいしそうだね。チーズフォンデュみたいにして。」
end