しとしとと降る雨の音が、遠く、静かに響いていた。
心地よいリズムが、耳を打つ。
スタジオのソファにちょっと休憩のつもりで寝転んだのだが、この梅雨の時期特有のひんやりした空気と、ソファに沈む感触に、眠気を誘われる。
目をつむりうとうとしていると、周りと行き交う足音と、遠くの喧騒に混じってテツの声が聞こえた。
しとしと、しとしと。
・・・・・
意識が沈む。
声が遠ざかる。
雨は、降り続ける。
・・・・・
TIME
SLIP
がさがさっ
急な斜面を蹴って、ぐんぐん山を登っていく。
小雨の雨に降られ、分け入る草から水飛沫が飛ぶが、一向に気にしない。
たまに自分のすぐ背後を付いてきている少年を振り向いて確認しながら、小高い山の獣道を、走り続けた。
ひとつ大きな岩を飛び越えると、急に開けた場所に出た。
後ろを付いてくる少年が岩をよじ登るのを待ってから、すぐ左にある獣道を、少しだけ下って行く。秘密の通り道。
再び森の中に入ってすぐ、倒れた大木の枝がたくさん積み上げてある所まで辿り着いた。はぁはぁと、追いついてきた少年が息を整えている。
ちらっともう一度その少年を振り返り、にやっと笑ってから、ゆっくりと折り重なった深緑の枝を持ち上げた。
そこには、近所の悪ガキがぞろり。
ユウヤ、マサキ、ヨシタカ、カズオ、ヨウスケ。
みんながみんな、泥にまみれて座っている。
枝や蔓で組み立てた、秘密基地。
全員の顔を眺めてから、もう一度、背後に振り返った。
「今日から、仲間やで、テツ。」
俺の言葉に途端にこっと笑って、
「うん!」
嬉しそうな笑顔で、テツがそう応えた。
・・・・・
・・・・・・・ざわざわざわ・・・
・・・ほんまになぁ、信じられんわー・・・・・・・・がやがや・・・
・・・・・・次、誰ですか・・・・・、・・・やん、俺・・・・・・・・あほかっ!・・・
・・・・はは、それも違う・・・・・・ざわざわざわ・・・・・・・・
・・・ざわざわ・・・・・ざーざーざー・・・・
ああ、まだ降ってんねんな、雨・・・
・・・ざー、ざー、ざー・・・
・・・ーん、えーん・・・・
「泣くなやぁ、男やろ?」
ぼろぼろになった赤い自転車を押しながら、雨の中、俺は泣きながら後を付いてくるテツに声をかける。
テツは声を上げて泣いていた。雨音に負けないくらい。
俺はところどころ折れ曲がって汚れた自転車を押す。雨に打たれて、寒かった。後ろを歩くテツも、ずぶ濡れ。
ちょっとの間黙って坂道を上っていっていたが、テツは全然泣き止まなかった。
「なぁ、テツゥ、」
俺は一度足を止めて、テツが追いついてくるのを待った。
体を打つ雨が痛い。
テツの濡れた頭を、わしゃわしゃかきまわす。
「俺がもっとええもんあげるから、泣きやみ、な?」
少し腰を落としてテツの顔を覗くと、ようやく泣き声を止めた。
「・・・ええもん、くれんの?」
「あー、あげはせんかもしれんけど、一緒に手に入れようや、ええもん。」
な?と笑いかけると、テツも涙でぐしゃぐしゃになった顔で、にこっと笑った。
「うん!」
家に帰る頃には雨はやんでて、薄い虹が見えた。
「俺、音楽でやってこうって思ってんねん。」
家具を積んだ引越し会社のトラックを先に見送ってから、車に乗りこもうとした俺に、テツが言った。
周囲には、昔からお世話になった近所の人が見送りに来ていて、俺はその人らに挨拶しながら、テツの方に振り返った。
「ケンちゃん、ギター、やめんとってな。」
言われんでもやめるかい、あほテツ。
そう言って俺が笑うと、テツはいつもみたいに笑い返す。
ざーざーざー。
うっとおしく雨が降る中、高校生になったテツは、泣かなかった。
ざーざーざー。
雨が、地面を叩いている。
・・・・ざーざーざー・・・・・
・・・ざわざわざわ・・・・
「ええ加減起こさへん?この給料ドロボウ。」
「でも気持ち良さそうに寝てるしなぁ。」
「それが余計腹立つんだけどね。」
頭上から、聞き慣れた声が降ってくる。
雨音は、遠のいていた。
ゆるゆると、沈んでいた意識が浮上してくる。
「ええもん、くれるんとちゃうかったん?ケンちゃん。」
笑い声。
雨の音。
近くて遠い、記憶の場所。
雨の日は、タイムスリップに出かけよう。