たまになにもかもがわからなくなって、頭が真っ白になることがある。
右か左か、昼か夜か、trueかfaulsか。
自分の身の回りのものすべての輪郭がぼやけ、発狂し、混沌へと落ちる。
世界は確固とした存在を保持しなくなる。
溶けて、溶けて、混ざっていく。
そんな日は、俺は体を空に投げ出すだけだ。
―――無意味に、そして無力にも。
交錯するベクトルになにもかも阻まれて。
抵抗さえも、鈍く、拙く。
日々は打開できない。
無力を思い知れ。
完全無欠に欠けるモノ
自分は常々、その混沌に陥ったときは生きるすべてを放棄するクセがあるので、よく学友に言われたものだった。
「もうちょっとなんかに依存せなあかんなぁ、おまえは。」
せやないと、すぐにでもどっか行ってまいそうやわ。
鮮明にその言葉は思い出せるのだが、言った本人の顔が思い出せない。
薄情なものだ。
ぼんやりとその言葉を思い出しながら、俺は浴槽のふちに右足だけのっけて、ずずず、と上半身を下がらせた。
風呂場は、冷え冷えとして寒い。浴槽の中はもちろん水は張ってないが、洗い立てのため、上着とズボンが濡れてしまっていた。
放り出していたタバコを一本くわえ、不用になった左腕は浴槽のふちにかけて右手でライターを取り出す。
カチッ
正面に放たれた火を見つめているうちに、あっさりとタバコに火がともる。
ふうっと、息をついて白煙を吐き出した。視界に、白いもやがどんよりと溜まる。
うっとうしい。
風邪を引きかけてるのか、この寒さのせいか、頭がガンガンした。タバコによって、頭痛はさらに累乗される。
その不快感に顔を歪めながらも、すでにタバコを手放せなくなった自分に苦笑する。
それはやはり依存なのだろうか。
・・・・どうでもいいけど。
なにかに依存できるのは、正しいことなのだろう。
大丈夫、レールを違えたわけではない。
ただ時々訪れるこの終幕の予感はなんなのか。
日常に侵されて冷え切った世界が、切に終わりを願う。
望むのは自分だ。
日々を打ち破りたく切望するのは、やはり甘えからくるものなのだろう。
抜け出せないと信じているそれが、いとも簡単に潰れるものだと知っていながら行動にうつさないでいるうちは。
大丈夫、これは狂気に依存したただの甘えなのだ。
「いつまで浸かってんの?」
「う〜ん、そろそろ出たいとは思うねんけど、体勢的にちょっと起き上がれへんのよね。」
甘えん坊〜。
言葉とともに差し出された手を、なんとか上半身を精一杯持ち上げて掴んでから、あ、浴槽の縁にかけとる足を下げればええんか、と気付いたが後の祭。
そのまま引っ張ってもらって、タイルにようやく両足をつく。
眼前の人物の顔を見上げたら、ガンガンと、頭が痛んだ。
もうちょっとなんかに依存せなあかんなぁ、おまえは。
大丈夫、俺は今こんなにも無力だ。
ああ、日々は打開できない。
惰性に依存して生きるこの日常は客観的にはひどく優しいものなのに。
時折、狂気を呼んでしまうのは。
いつだってアナタがこうやって、いかにもそれが当然であるかのように、
俺を混沌から連れ出してしまうからなのだろう。