気違い雨
ざあざあざあざあ。
朝っぱらから、どんよりと蒼鉛色の空から冷えたつぶてが窓を叩いている。
ああ、まったくもって。
・・・死んでしまいそう。
目は覚めたものの、とても起き上がる気力もなく、額を押さえて寝転んだまま。 夏だというのに暑苦しい毛布に全身くるまっている。
しとしとと雨は夜更けから続いていて。
こんな日は、陰鬱な気分になるだけでなく、ひどい偏頭痛がおこるから。
熱があるわけでも風邪をひいたわけでもないのに、こめかみ斜め45度からぶっすりと太い針を刺されたような痛み。
ズキズキと脳内に響く鈍い音が、不快指数を膨張させる。
こうなるともう手のつけようがない。
薬なんかでは治らないのはすでに立証済み。
以前に偏頭痛をムリヤリ抑えようとして薬を飲んだら、強烈な吐き気が込み上げてきて、胃液の酸で喉が痛くなるまで吐いた。
とりあえず毛布にくるまったままベットの上に起き上がって。
グラグラと揺れる頭で本日のスケジュールを思い出そうと試みる。
『明日ミーティングやから、休んだらあかんで。』
わかっておりますよ〜リーダ〜〜
蘇ってきたリーダーの言葉に1人うなづいて、もう一度ベットに頭を突っ伏して。
やはり収まらぬ頭痛を確認してから、覚悟を決め、一気に起き上がって身支度をはじめた。
レコーディングなら夜中までかかるるが、会議はじっとしていれば大丈夫な分、まだマシだ。
最悪なぐらいの吐き気とめまいに襲われつつも、家を飛び出して車で事務所に向かう。
長袖の上着を羽織っていても、冷めた車内の寒気は頭に突き刺さるようだった。
「今日ケンちゃん調子悪いやろ。」
会議が終わって全員が席を立ってから、テツがあまり心配してなさそうな感じで声をかけてくる。むしろ呆れ半分に近い。
ケンはうつむいて両手に顔をうずめたまま、小さく、うんうんと頷いた。
もうそろそろ限界らしい。
「しゃ〜ないなぁ、もー。帰っていいよ。あとのことやっとくから。」
ぽんぽんとケンの丸まった背中をやさしく叩いて、テツも会議室をあとにする。
あまり他人に弱ってるところを見せないケンがこうして調子悪いのを隠せない、というのは、かなりの重症を示すことをテツはよく了承している。
結局その日は誰とも一言もしゃべらないまま、ケンは1人帰途についた。
家に帰った頃にはもうどうしようもないほどの痛みで頭がいっぱいで、明りはつけぬまま、とりあえず洗面器と毛布をもってベットの中にもぐりこんだ。
窓を叩く雨音が煩くて、頭まですっぽりかぶった毛布をきゅっと握り締める。
音もない。光もない。温度もない。
自分の体が急速に冷えていくのがわかる。
痛い。痛い。
頭が痛い。
ドクン、ドクン、ドクン。
耳の奥で早鐘が鳴り響いて。
孤独に陥るというより絶望に近かった。
終わりはない。そういったたぐいの絶望感。
強烈な痛みと寒気で眠気はやってこない。
かきむしるほど手先は冷たく、寒さに体全体がぴりぴりと痛む。
猛烈な吐き気がこみあげてきては、洗面器を両手で抱え込むようにして限界まで吐いた。
「げほっ・・・はぁ、げほっ、げほっ・・・」
ひどく咳き込むと喉がひりひりした。
朝からなにも食べてなかったので胃の中はからに近かったが、込み上げてきたすっぱい胃液が後から後から吐き出される。
体力がまったくなくなってるので、抵抗もできない。
かたく閉じた目はあまりの苦痛に開けられず、頭の中でこの蹂躙する嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。
早く早く。
どこかにいってしまえばいい。
ざあざあざあざあ。
雨音が遠くから押し迫る。
真っ暗の部屋の中で。
つかんだ自分の手首が冷たい。
凍えるような寒さに。
夜半、なかば意識を失うようにして、ようやく眠りについた。
にゃあー
ざらつく舌の感触に目を覚ます。
「ん〜・・・」
しつこく肌を舐めるそれから逃れるように寝返りを打つと、それはにゃあーともう一度泣いて意地でもこっちに向かせようとしている。
うるさー・・・
ちょっとの間ほうっておいたのだが、あまりにかわいそうな声を上げて鳴いてるので、しかたなしに起き上がった。
ずきん、と小さな痛みがまだ残ってる。
気がつけばすでに朝。
カーテンの向こうから朝日がのぞく。
「エーリーザーベスー。心配してくれてんのー?」
ひどく掠れた声に思わず苦笑。
しかも起きた途端にエリザベスはとたたたっと台所に走って行ってしまう。
・・・メシかいな。
なんとなくさみしくなってぼさぼさの頭をぼりぼりかいた。
しかし考えてみれば自分もエリザベスも昨日からなにも食べていない。
これはかわいそうなことをした。
よーし。今日はごちそうしてあげよう。
なんとか体も機能回復したようだし。
こめかみに刺さる針も抜けたし。
あのキチガイな雨も、やんだし。
窓の外を見やれば水滴がキラキラ光ってて。
雨上がりの空気は澄んでいた。
突然の冷気に体がついていかずにいつも沸き起こる偏頭痛。
うまく付き合っていければいいけど。
女心と秋の空みたいに。
まったく気ままなヤツだから。
俺に似たんかもしれんけどね。