意志無く進む日常に慣れるのも億劫で、何度ここに上っては空を仰いだことだろう。

 なにを求めていたのか。無限へと解放されたこの場所に。
 なにを信じていたのか。空気さえも奪うあの不自由な空の。

 のけぞって、ただ天上へと落ちていく空を振り仰いだ。

 さよなら重力。ぼくはなものにも自由だ。

 

 

さよなら、青い空。

 

 

「なぁ」

 フェンスに完全に体を預けた体勢から少しだけ上半身を起き上がらせると、屋上の開けっ放しの扉には見知った顔が立っていた。

「大切な受験前にこんなトコおってええん?センパイ。」

 常々思っていたのだが、この後輩は俺の居場所をなぜにここまで気持ちよく当てるのだろうか。その声も、考えてみれば久々に聞く気がする。

「まだ俺2年やで。」

「そら俺が1年やねんからセンパイは2年やろ。」

 かわいくない口きくようになっちゃってまー。

 もう一度フェンスに背中を押しつけて、空に向かってすぱーっとタバコの煙を吐く。
 したらいつのまにか学ランが目の前まで寄ってきてて、素早くタバコを没収された。

「未成年タバコ禁止。」

「ええやん、タバコは15歳から。」

「にこやかに言うこととちゃいますがな、センパイ。」

 俺が拠りかかってるフェンスに、後輩がグリグリとタバコを押しつけた。
 ぼろぼろと、フィルターのかけらがこぼれる。灰が滑らかなフェンスを伝って、グリーンの床で小さく跳ねた。

 俺の隣りのフェンスに後輩の肘がのっかって、ギシギシと軋む音。

「進路相談のったげよか。」

「いらんわ。」

 視線を後輩とは反対側の空に向けたまま言い放つと、後輩は小さく笑ってた。
 小柄なそいつは、体操服姿の生徒たちが駆けまわるグランドを眺めて、ぼんやりと視線を浮かす。

 彼の言葉に、昨日のホームルームで渡された進路調査の紙を思い出す。
 明後日までに提出するように。
 簡単に言うけど、明後日までに若く未熟な俺らに先の道を探せっての?

 甘えだとわかっていてもそれは、わかりたくないことだった。

 やっぱ進路決めなあかんのかなぁ、高2になると。
 せやかて俺らまだ高2やで?まだ高校生活半分もいってんっちゅーの。
 現実やって、これが。

 希望いっぱいに高校に進学したわけでなくても、同級生との会話にはやはり、逃げ切れないリアリティ、そのプレッシャーを感じた。

 俺たちの魂は、紙の上なんかに乗せられない。
 そう信じたい。ただ堕ちていくだけの魂だったとしても。

 フェンスにつかまったまま両腕を伸ばし、後輩も俺を真似るように天上を仰いだ。

「高校なってから、なんや一日たつんめっちゃ早いわー。」

「そやろ〜。一年あっちゅーまやで。」

 両肘と全体重を背後のフェンスにかけて、俺は大きくのけぞった。
 反転したグランドで、白い体操服がさかさまに走りまわっている。

「あと一年で将来決めなあかんねんでぇー。」

「ムリムリ。不可能やって、そんなもん。」

「ほんまそれ。」

 頭をのけぞらしたままちらっと後輩の方を見やって、お互いににやりと笑う。

 再び天上に視線を戻すと、空が落ちてくるような感覚があった。
 このままその広く冷たい腕で俺たちを押し潰してちょーだい。
 あんたにもそれぐらいの慈悲はあるでしょう?

「なぁ、ケンちゃんさぁー。」

 フェンスに顎をのっけて両腕をぶらんと垂らしている後輩が、呟く。
 しかし口調はあの頃から変わらぬ幼馴染みまま。

「ん〜?」

 再び軽くのけぞって、さかさまの大地を眺めた。

 重力に反して砂地の空に落ちていく白い体操服。

「ギターさぁ、どーすんの?」

「どうってぇ〜?」

 咽喉がのけぞっているせいで、やたら語尾が伸びた。
 声をだすのがちょっとツライ。

「大学進学するんやろ?」

「するよ〜。」

「ギターは?」

「やるよ〜。」

 幼馴染みの後輩は俺を見ないまま、俺とはさかさまのグランドを眺めている。
 彼が見るのはいつだって正しい真っ直ぐな世界。

 俺が見る反重力の世界は、こんなにも歪んで美しい。

「・・・・そーか。」

 微妙に納得していないような声が、ぽつりと漏れた。

 俺は、もう1段階ぐいっと伸びて、さかさまの世界をより完璧にする。
 重力に抗って、確固とした輪郭を確保する世界。

 もたれかかるフェンスが、ギシギシと軋む。

「大学行ってぇー、勉強してぇー、ギターもやってぇ〜」

 ずりずりと足が屋上の床を滑る。
 反して頭はどんどん下がる。

「就職してぇー、かわいい奥さん見っけてぇー、まぁ時期が来たらぁー」

 さかさまの世界へと。

 

 落ちる。

 

 

 ぐいっ。

 突然に反重力の世界から引き上げられて、俺の視界はもとの屋上へと戻った。逆さになっていた頭を一気に起こされて、少しふらふらする。
 いつのまにか目の前には、俺の胸ぐらをつかんだあの幼馴染み。

 ちょっとだけ夢を見ているような浮いた目で、じっと俺を凝視していた。

「・・・・そんなのけぞったら、死ぬよ?」

 

 ・・・・死ぬわけないやん。

 

 呟きは声にはならず。

 俺は彼の手によって正しい世界へと連れ戻された。

 

 

 

 

 さよなら、青春をともに過ごした屋上よ。

 さよなら、あの日までぼくとともに在ったさかさまの世界よ。

 俺は本日ココを卒業します。

 さかさまに落ちていった俺をココに残して。

 

 さよなら、重力。

 君なしでは、ぼくはどこまでも無力だった。

 

 

 

 

 


自分を縛ってると思っていたものが、実は自分を支えてくれていた。
依存のナイ幼馴染みを書こうと思ったが。思ったが・・・・しくしく(泣)
サタケの地方の方言はやたらめったら語尾が伸びるんですが。
だからやたらに文体ダルいですね。書いててもダレました。
進路関係の話になっちゃうのは、やっぱし小説に自分を投影してるからなんでしょーな。とほほ。

<<<

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送