彼が愛した一振りの花。

 彼を愛した一振りの花。






泣 か せ て お き ま し ょ う 。







 めずらしいこともあったものだ。

 この男が、花を買ってくるなど。

「どお?」

「なんか」

 俺はその華奢な一輪の花を見つめ。

「病室みたい。」

「ひでぇな。」

 俺の正直な感想が彼は気に入ったらしい。
 言葉とは裏腹にクスクス笑いながら、自分で飾った一輪挿しを満足げに眺めていた。

「ちゅうかぁーゆっていい?」

「ん?なに?」

 こっちに振り返った彼に向かって、俺はその一輪を指差して。

「異様やで。」

 一面真っ赤な部屋に。
 ちょこんと置かれた、一振りの花。
 まだ花弁は閉じたまま。
 けれどその生き生きとした茎や葉の緑と赤い壁の毒々しいミスマッチ。

「それはね、ケンちゃん。この花が異様なんじゃなくて、この部屋の色が異様なのよ。」

 そーかもね。

 適当に彼の視線とその花から目を逸らして。
 サクラの言うことは、的を得てる気はした。

 

 

 

「おじゃましぁーす。」

「どぉぞぉー」

 たぶん今までにも何度となく繰り返した挨拶と共に、サクラが部屋に入ってくる。

 ウェルカムトゥー"ケンチャンスタジオ"。
 真っ赤な色彩があなたをお出迎え。

 だけど近頃、部屋の中一点の差し色が存在を誇示してる。

「おはよう。今日もキレイだなぁ。」

 部屋の主を後回しにして、サクラはその一輪挿しの堅い茎をそっとなでる。

「元気にしてたかー?ちゃんと水もらったかー?」

 そしてまだ白く閉ざされた小さな蕾に唇を寄せ。

「キレイに咲けよ。」

 甘い声で囁く。
 まるで女を口説くときのように。

 俺は笑いが堪えきれなくて思わず「ぶっ」と吹き出した。

「サクラ、ヘンタイさんみたいやで。」

「失礼な。」

 ある日突然サクラが買ってきた花。
 陽も当たらない防音の壁の間際に据えられて。
 毎日、サクラの寵愛を受けてる。

「花ってのはな、ケンちゃん、愛してもらったぶんキレイに咲くんだぞ。」

「ふーん、女の人と一緒や。」

「そー。花は女みたいなもんだな。金もかかるし、愛情もかけてやらにゃ。」

 サクラは毎日俺んちのスタジオにやってきては、花に口接けをして。
 キレイに咲けよ、と呪文のように繰り返す。

 それはたぶん魔法の言葉。

「これ、なんて花なん?」

「さぁ。」

「さぁってサクラが買ってきたんでしょー」

「名前なんか見なかったからな、さっぱりわからん。」

「ほんとに花咲くんやろね。」

「さーどうだろ。」

 花の開花の相場なんて知らないけど。
 この花が俺んちにやってきてから1週間。

 葉は育ってさらに緑はキツくなったが、
 花は沈黙を守ったままで。

「もしかしてこの花、サクラに毎日キスしてもらうために、咲かんのかもね。」

 俺が大マジメに言ったら、サクラは爆笑してた。

 

 

「キレイに咲けよ。」

 今日もまたサクラは花にキスをあげる。
 腰を屈め、金色の髪がパサリと落ちて。
 その所作は、なんかちょっといやらしい。

 花は相変わらず閉じたままで。

 ここ数日間、あまりに動きがないものだから
 俺はわざと花に水をやらなかった。
 したら緑色の葉がてれんと垂れた。

 あ、ちゃんと生きてるわ。

 俺は「ゴメンねぇ」と謝りながらまた花に水をやった。
 次の日サクラにキスをもらって、葉はまた元気に生き返った。

 いつになったら咲くんやろ。

 いつになったらしおれるんやろ。

 しおれたらもう、サクラはキスしてあげんのかな?

 そしたらきっと、花は泣くね。

 

 

「お?」

 夕暮れが迫ってさて帰るかと腰をあげたサクラがはたと動きを止めた。

 呟きに、俺も顔を上げ。

「え?」

「おぉ!?」

「なになに?」

 サクラが壁に向かって感嘆の声を上げてる。
 俺も四つん這いのまま近付いてって。

 覗き込んだら、そこには白い花弁をゆるやかに開いた一振りの花が。

「よーやく咲いた。」

 呟き、笑みを浮かべるサクラ。

 俺も後ろから一緒に咲きかけた白い花を見つめながら、

「キレイに咲くかなぁ。」

「とーぜん。咲くよ、キレイに。」

 サクラの声には自信がこもってた。
 俺は花よりそれを見るその真剣なサクラの表情のが好きだった。

 花は愛されていた。

 彼の魔法の言葉通り。

 次の日真っ赤なスタジオの中で、小さな白い花が咲いた。

 それは無垢な白さで。

 本当に、キレイだった。

「まっしろ。」

 男2人で肩を並べ一輪挿しを前に、俺の呟きは小さくこぼれた。

「真っ黒な花が咲くんかと思った。」

「そんな花ないって。」

 笑うサクラの金髪が揺れる。

 キレイに咲いたな。

 そう言って、ご褒美、とサクラはまた花にキスをした。

 

 

 サクラはこの花に愛情をそそいでいて。

 花は、自分を愛してくれる人を愛する。

 それは傲慢なたぐいのものだけれど。

 サクラは、花に愛されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ、あの花枯れてもたよ。」

「え?」

 知り合いのスタジオでドラムセットに座り込んだサクラは、俺の顔を見て間の抜けた返事を返してきた。

「あの花。白い、サクラが俺んちもってきてくれたの。」

「ああ、枯れちゃったの。もったいねぇなぁ。」

 唇に挟んだタバコを離し、ふーっと可視化したため息を吐いて。

「サクラがキスしに来んくなったからやで、きっと。」

 俺はちょっと非難がましく言ってみる。
 サクラは苦笑して。

 俺がいなくたってキレイに咲いたよ、あの花は。
 なんて、呟いてみせるけど。

 サクラは知らないのだ。

 あの白い花弁が、まるで涙のようにはらりと落ちる瞬間を。

 花が声も上げずに

 ただ静かに泣いていたことを。

 

 あの人はわたしを忘れてしまったのね。

 花の嘆きに俺は無言で
 それなのになんとなく笑いが込み上げたのはなぜなんだろう。

 サクラはあんたを愛してたよ。
 今は、どうか知らないけど。

 花は泣いて。

 枯れた。

 俺はイジワルだった。
 きっと嫁をイジめるイジワルしゅうとめ並みに。

 

「また買ってきてよ、花。」

「あの部屋に置くの?」

「うん。」

「今度は赤い花にするかなー」

「咲いたか咲いてないんかわからんくなるやん。」

 それもそーだな。

 花の話は、そこで打ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花を買ってきて

 窓辺に飾って

 毎朝キスをあげにきて

 

 俺は黙ってそれを見守って。

 花と一緒に

 いつまでも泣くから。

 

 

 

 


サドケン(笑)
初S?精神的にはMかな。
ケンちゃんを通してサクラをかっこいく書こう企画。
よくわからんけど花にキスするサクラってかっこいーかなーと思って。
賛同者激しく求む(笑)
1人称になるとケンちゃんがリリカルになりがちです。困った。

 

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