手入れたその本は

 不思議な魔法の本だった。







明け方の空を飛ぶ灰色のイルカ







「なーケンちゃん」

「んー?」

「これ、見てこれ。すごいやろ。」

「おおー、すごーい。・・・・・・・・・・・ぐー」

「あーもー寝んとってよー!」

 伏せた腕をしつこくしつこくしつこーく突ついてやると、
 ケンちゃんは剣呑な眼差しを上げて、

「ハイちゃん、あんね、人間ってのは体内時計では1日が25時間周期やねん。」

「へぇーそーなん。」

「うん、だからね、毎日24時間で寝たり起きたりしてたら、毎日1時間づつ寝不足になんねん。」

「へー」

「そーゆうわけで寝る。」

「あかーん寝たらあかーん俺がヒマになるやろー!」

 ケンちゃんはなんとかして寝たいらしくイスにごろんとなっちゃうけど
 そうは問屋でなく俺様ハイド様が許しません。

「ハイドも寝たらいいやんー」

「そんなんいわれても眠くないねんもん。」

 なーなー遊んで遊んで遊んでー
 って得意のおねだり攻撃でせめてみたら、
 ケンちゃん「しゃないなぁー」って起きあがって、

「はいっ、これあげる。」

「・・・・・・なんなんこれ。」

 

 一冊の大きな本を、差し出してきた。

 

 

 

 

 本読んでたらそのうち眠くなるやろー読んでみ、おもしろいから。
 や、でもケンちゃん、俺これ読めへんねんけど。何語?
 さー知らん。
 知らんて。
 まぁ読んでみたらわかるって。ケンちゃんお墨付き!

 

 

 

 なんかうまいことまとめられてしまったとゆーか
 本読んだら眠くなるって俺は子供かとか思ったりしたけど反論する間もなくケンちゃんは寝ちゃって、
 仕方なしに俺は、その貸していただいた本を読んでみることにした。





「・・・・・・・うーーーーん」

 うなりながら俺は、本を宙に掲げて90度首を曲げてみる。
 次に今度は本を縦にしてみた。横にもしてみた。斜めにもしてみた。

 そしてそのまま背中からベッドに倒れ込んだ。

「なーーーんやねんこれー」

 縦書きか横書きかさえわからん。

 とりあえず文字ではあるらしい。なにかの意味をもつ言語。
 梵字に近いような、それでいてアルファベットのような。
 白いページに、のたうつ印字。

 ベッドに転びなおして、パラパラとめくってみる。
 えんえん続く白と黒の世界。挿し絵のひとつもない。

 眼前にあるのは、得体の知れない幾何学模様だけ。

「・・・・・・・たしかに眠くなってきたかも・・・」

 パタンと本を閉じて、枕にぼすっと頭を突っ込んだ。
 本の、冷たい質感がきもちいい。

 

 

 

 夢のなかであの本がでてきた。

 ひらいてみると、
 そこには世界が広がってた。

 読めないはずの文字が、読めた。
 それは俺が耳を傾ければ熱心にいつまでも語りかけてくれた。

 

 

 

 

 次の日起きあがって、ベッドに寝転がったまま、またあの本を開いた。
 不思議とそれは昨日見たときとはちがってた。
 ページに浮かぶのはただの模様じゃなくて、意味をなす文字へ化けていた。

 やがて文字は歪みだした。歪んで、どんどん形を変えていった。

 その本は音楽の教本だとわかった。
 俺の目の前で、文字列が音をかたちどり、音を奏でだしたから。

 けどその次の日、ページをめくれば、
 そこに音はなく代わりにぬめぬめした体の真っ黒い爬虫類が、白い世界を我が物顔で這いまわってた。

 今日はしまうまだ。
 視覚を惑わすしまうま模様に時々目が眩むけど、
 あののたのたと這うでっかいトカゲたちよりは全然マシだった。




 しまうまはつぶらな瞳を飽きることなくじっとこっちに向けてて、
 そのうち風がそよぎだして、草原が舞い、
 しまいには波間からイルカが飛び跳ねた。



 めまぐるしく姿を変える文字たちは、見るたび俺を困惑させ、
 そしてそのたび俺を惹きつけた。

 不思議な本。魔法のよう。







 見知らぬ異国の言葉たちは、さまざまな表情で俺に語りかけてくる。
 それはやわらかい雪のようであり、
 冷たい砂のようだった。

 意味はなかったけど(少なくとも俺に理解できることなんてなにとつ載ってへんかった)、
 その黒い印字の列は、確実になにかを物語り、
 なにかを描き出している。




「ケンちゃんには、これがどんな風に見えてたんやろ。」


 あの薄弱な栗色の目は、何を映していた?
 べたつくトカゲたちか、
 草原に佇むしまうまか、
 波間を旅するイルカたちか。

 あるいは、ケンちゃんにはこれが「読めた」のかもしれない。
 文字として本来の意味を、解読できたのかも。



 そんなことを考えてるうちにも、
 まっさらなページに浮かぶ黒い影たちは、さまざまな表象で
 じっと黙って俺に解読されるのを列をなして待ち望んでる。


 俺はページをくる。必死で、そのひとつひとつに目をやる。



 気付けばいつも夜明け前になっていて。
 寝るために見始めた本が睡眠を妨害してるとは、ほんまつてんとーや。


 明け方白みはじめた空に、黒いイルカたちが飛び跳ねている。


 両目をこすってもやっぱりイルカたちが窓の向こうの空で跳ねてたので、
 俺はあきらめて眠りについた。










「ハイちゃんねむそーね。」

「ねむいよー寝てへんもん最近ー」

 ケンちゃんはよく寝れてるらしく肌がつるつるしてる。
 たいする俺は目が半開きのままだ。

「寝れへんの?あの本読んでる?」

「読んでるよ、読んでるから寝れへんねん。」

「あらー」

「ケンちゃん、あれ、魔法の本やろ?俺、魔法にかかってもたみたい。」

「うん、そうやねん、ハイドならあの魔法にかかるやろなー思た。」

 明るい声で、ケンちゃんは笑う。

「ケンちゃんは?かかったん?」

「うん、かかったよー。」

「ほんまに?俺な、あの本読み終えれへんねん。いつまでもページが続いていってんねん。」

「それはね、ハイちゃん、結末を知るために本を読もうとするからやで。」







 ケンちゃんのアドバイスはいまいち俺には理解できなかった。

 仕方がないので、今夜もあの魔法の本をひらいてみる。




 列を成してる黒い影、今日はなんの形を見せてくれるんだろう。
 平面的な顔のマンボウ。ターンをくりかえすサメ。
 飛びまわるイルカ。


 瞼を閉じてみる。本を開いたまま。
 それでも、目の前にはさまざまな動物の黒い影がずらっとどこまでも並んでる。




 あ、わかった。


 これは本の魔法とちがう。俺の魔法やわ。




 ページを紡いでたのは本ではなく俺だった。
 判読できない文字の羅列を、トカゲやら象やらイルカやらにしてたのも俺。

 本を終わらせないようにしてたのは、俺自身の魔法だ。













 次の日、読み終わったその本を抱えてスタジオへ出向いた。



「テッちゃん、最近眠れんねんて?この本、貸したるから、読んでみ。」








 たぶん人の数だけ、宇宙があるということだ。













わーい(壊)
すいません本を読めない鬱憤がたまっているようです。本読みてぇー本読みてぇー
本を読んでその感想を人に伝えるのはかなり苦手です。
ちゃんとしたカタチを伝えられへんから、「なんも言わず読め!」といつも言ってしまいます。
本には魔法がかかってると思うわけです。




 

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