雪の降る日は、童心に返りましょう。
雪中トトカルチョ合戦。
ビビビビビッ
椅子に座ってぼんやりとタバコをくわえていると、味気ない着信音。
ディスプレイに浮かんだ、『リーダーtetsu』。
「はい。」
携帯を耳に押し当てて、ごく平静に対応する。
『ユッキー?』
「はいはい。」
聞こえてきたのは、我らがリーダー、テツの声。当たり前だが。
(これでケンちゃんだったらそれはそれで面白いね。)
なにわともあれ、声は続ける。
『雪降ってんで。』
「あ、そーなの?よかったね。」
『・・・・』
ユキヒロが当然のように即答したので、電話口の相手は思わず押し黙った。
しばし謎の沈黙。
「それだけ?」
『うん、それだけ、ありがとう。サヨーナラ。』
「はいはい。」
ねばるのかと思いきや、プッと音がして、テツはあっさりと電話を切った。通話時間、15秒。
なんだったんだろう。
携帯を握ったまま窓の外を見てみると、灰色の空からふわふわと雪が降っていた。
スタジオの1階の自動販売機で缶コーラを買い、さて戻ろうときびすを返すと、廊下の向こうにこっちに向かって歩いてくる、我らがギタリスト。
なにかさ迷うように、ふらふら歩いてくる。
あ、と声をかけようとした瞬間。
ずってーん!
何もないツルツルの床で、ケンが派手に転んだ。
あまりに大きな音がしたので、しかもかなり唐突な事態に、思わずユキヒロは缶コーラを握ったまましばし呆然と転んだままのケンを見ていた。
「・・・・・大丈夫?」
「あっ!ユッキー!」
小さく声をかけた瞬間、ケンがガバッと瞬速で上半身だけ起きあがった。
ぼけーっと突っ立ったままのユキヒロに、にっこりと笑顔を向ける。
「雪、降ってんで。」
「は?え、うん、そーだね。」
唐突すぎる会話に、ユキヒロはほぼ反射的に即答する。
しかしそんな応えで納得したのか、ケンはバッと起き上がって「ありがとぉーっ!」と手を振りながら、ユキヒロに背を向けて走り去った。
なんなんだろ・・・・
意味がわからず、たっぷり1分ほどユキヒロはまったく動かないまま、その場に立ちすくんでいた。
「『大丈夫?』って言ったで、『大丈夫?』って!」
部屋に入るなりそう叫びながら、嬉々とした様子でケンはソファに落ち着いた。
先にソファに座っていたテツが、ちっちっち、と指を振る。
「あかんで、ケンちゃん。『雪が降ってますね』ってセリフの後が勝負やねんから。」
「うそー、そんなルール初めて聞いたで。」
「そーやなかったらなんでもありやんか。」
もっともなテツのつっこみに、チッと舌打ちしてケンはたっぷりとソファにもたれ込んだ。
前かがみに膝の上に頬杖をつき、さらにため息をつくテツ。
「なっかなか別のこと言わんなぁ、ユッキー語彙ほとんどないんちゃうん。」
「ほんまそれー。」
あ゛ーっと伸びながら、ケンはソファの背に頭をのっけて咽喉をのけぞらせた。
「『あ、そーなの』、『よかったね』、『うん、そーだね』。全部パターン通りやん〜。なんか他のこと言えー。」
ケンとテツが、そろってため息をついた。
と、向かいの椅子に座ってタバコをふかしていたハイドが、ぼんやりと口を開く。
「パターン以外の言葉をしゃべらしたら、なにおごってくれるんやったっけ?」
「うわ、ハイドサン確認とりよるで。」
「恐ろしい御人や〜。」
頬杖をついて敗者2人は、恨めしげな視線を向ける。
「やきにく、3人前。」
テツがハイドの眼前に、びしっと3本指を突きつける。
その指をじーっと見つめ、ハイドは笑顔を浮かべてタバコを灰皿に押しつけた。
「おっしゃ。まかしときー。」
自信満々の笑みで、勇んで休憩室から出動していく。
その後ろ姿を見送って、幼馴染み2人。
「あかん、やる気満々や。」
「しょーもない賭けなんかするんやなかったわ・・・。」
今更言っても仕方のないことではあった。
窓の外には、チラホラと、雪。
仕事を終え、スタジオのすぐ外にあるソファに向かうと、すでに先客がいた。
我らがボーカル、策士ハイド。
いつもどおりタバコをくわえ、ユッキーを見て、にこ、と笑んだ。
に、とユキヒロも小さく笑い返すと、ハイドの隣りにお邪魔する。
ポケットに入っていたタバコを取り出して、ライターで火をつける。
すぱーっ。
特にするべき会話もなく、男2人、ソファに並んで、思い思いのまま一仕事した後のタバコを満喫していた。
ふと、ずっとタバコを口にくわえていたハイドが、指にはさんでハーッと煙を吐き出した。
たっぷりそれから10秒たって。
「ユッキー」
「ん?」
ハイドを見やると、相変わらず遠い目をしたまま。
「雪が降ってんねぇ。」
「・・・・・」
ハイドの呟きに、ユキヒロはすぐ近くにあった窓を見上げた。
「多分もう降ってないと思うよ。」
「・・・・・」
ハイドも、ゆっくりと窓を見上げる。
数秒間空を見つめて、降り返ったハイドは満面の笑みだった。(ちょっと怖いくらいの)
「ほんまやね、アリガトウ。」
そう言うと、タバコを近くの灰皿に軽く投げ入れて、機嫌良さそうに口笛を吹きながら歩き去ってしまった。
ぽつりと、ソファに残されたユキヒロ。
「・・・・・ホント、なんなんでしょね。」
独白してみたものの答えがわかるわけもなく、ユキヒロはただぼんやりと窓の外を見上げた。
やはり雪は、やんだらしかった。
「いやー、ハイドさーん、あれはちょっとアカンのちゃうん〜?」
「やってルールには反してへんもーん。」
「てゆーか根本的に間違えてると思うねんけど。」
結局ハイドには優勝賞品として、焼肉1.5人前がプレゼントされた。