the ghost,sleeping with you.
「うわ〜、すごい雨やわー。」
湿気に湿った窓に張りついて、ハイドが感嘆の声を上げる。
それに応えるかのように、太い稲妻が一本、空中を走った。
ドドォォン!・・・ゴロゴロゴロ・・・
「うわーっ、うわー、うわーっ!」
「やかまし。中学生やあるまいし、ちょっと落ち着きなさい。」
興奮して跳ねているハイドを見やって、ケンの保護者的ツッコミがはいる。ケンはソファをゆったりと陣取って、休憩の一服を満喫していた。
「うわ、めっちゃすごいやーん!」
レコーディングが一区切りしたらしいテツが、ハイドが眺めている窓に駆け寄ってきた。
「テッちゃん、雷走ってんで。」
「マジで?警報でてんちゃうん!」
警報ってアナタ、ほんま中学生やな。
やたら嬉しそうにはしゃいでいるテツとハイドの後ろ姿を眺め、ケンは心の中で呟いた。
とかなんとかいいつつ、やはりちょっとこの天候を楽しんでいる自分に苦笑い。
俺もまだまだガキやわ。
「なぁ、ユッキーィ」
いまだに窓に張りついているお子様2人はほっといて、さきほどから黙ったままのユキヒロの方に振り向くと。
「・・・・寝てるし。」
机に突っ伏してすやすや寝息を立てていた。
さしもの大雨洪水雷警報も、彼の妨げにはならないらしい。
しかもその光景がなんだか古典の授業中に寝てる学生みたいだったもんだから、余計に今いる休憩室が、中学校の教室のような気がした。
ドーン!ガラガラガラ・・・
一際大きな雷が鳴って、お子様2人は「ひゃぁ〜」と声を上げている。
「けどほんま、ちょっとの間帰れへんなぁ、コレ。」
「こんだけ降っとったら車スリップするで〜。あああ、なんかテンション上がってった!」
「・・・俺も寝ちゃおうかな・・・」
子供を相手にするのも疲れるしー、と、そう呟きながら、ケンがごろんとソファに寝転がった瞬間。
ドガーン!!
パッ!
「んぎゃーっ!!」
轟音が鳴り響いた直後、見計らったように部屋中の電気が一瞬にして消えた。暗闇に染まった部屋の中、テツの悲鳴が響く。
「テッちゃんうるさい〜。」
テツの真横にいたハイドが非難の声を上げる。
「なんやー、停電かー?・・・どわっ!」
寝かけていたケンは体を起こしたが、窓に近寄ろうとしてテーブルに蹴躓いて見事にコケた。
完全な暗闇の中、障害物も見えない。
「うわ、なんてマヌケな・・・」
「やかましいわい。」
子供と言ったお返し、とばかりに、ハイドがにやっと笑ったのは声でわかった。
「あー、ビックリしたー・・・停電みたいやわ、外も真っ暗。」
少し離れた暗闇から聞こえてくるテツの声は、まだ少し上ずっている。
とりあえず起きあがってから、ケンは(安全のためその場から動かずに、)自分のポケットを探った。
「とりあえず、なんか火ぃ・・・ライター・・・、は、車に置きっぱなしにして今日はユッキーに借りたんやった!」
「も〜、こんな時に役にたたんなぁ。」
テツと同じ方向から、ハイドの声が聞こえてくる。
その方向の暗闇を、(どーせ見えはしないが)キッと睨んで、ケンは声を上げた。
「ほな自分のライター出せぇ〜!」
「俺スタジオんとこに置いてきたしぃ。」
「さらっと言うなや、さらっと・・・」
テツの呆れた声。
「ユッキーはどこや、ユッキー。この騒ぎでまだ起きへんのか?」
たしかに休憩室の外でもスタッフのざわざわ騒いでいる声が聞こえてるというのに、ユキヒロはいまだに一言も発していなかった。
ユッキ〜、どこや〜?と呟きながら、ケンは適当に見当をつけて、半腰体勢で暗闇の中を徘徊する。
「てゆーかとりあえずここ出ればええやん。なんかローソクかなんか探さんと。」
再びテーブルにぶつかって「イタッ!」と叫んでいるケンを尻目に、ハイドは出口に向かってスタスタと歩いていく。
「あぁっ、ハイド待ってぇ〜、一人にするなぁ〜!」
暗闇を怖がってかテツが情けない声を上げてハイドに付いていっている。
なんの障害物にもぶつからず、一直線に扉にたどりついたハイドは、勢いよくノブをまわす。・・・・・・が。
ガチャッ。
・・・・・ガチャガチャッ!
「な、なにしてんの、ハイド・・・」
背後で、テツが不安そうな声で顔を引き攣らせている。(と、思う。暗闇で見えへんけど)
少ししてからまた何回かノブをまわすが。
「・・・・なんか、カギかかってるみたいやねんけど。」
「・・・・・っ!!!」
テツが、思わず息を吸う音が聞こえて。
「ギャアアアアアーーーッッ!!!!」
絶叫が、こだました。
「・・・・・・ん〜?」
「うるせぇぇぇーテツゥ!!」
「ギャー!ギャーッ!」
「ちょっとテッちゃん、落ち着きって。」
「カギ?!カギが閉まってるってなんで!?誰が閉めたんよ!」
「うーん、誰やろねぇ。」
「ん〜?なに、なんで真っ暗なのー?」
「まーたややこしい時に起きたなぁ、ユッキー。」
どうやら自分のすぐ真横で寝ていたらしいユキヒロに向かって、ケンがため息をつく。
「なに?みんな何してんの?」
「とりあえず遊んでるわけやないんやわ。」
半分寝ているような口調のユキヒロに、「停電停電。」と適当に説明をしてやる。
「ほんまにカギがかかっとるん?」
「ほんまほんま。」
ケンの問いに応えながら、ハイドはまたガチャガチャとノブをまわす。やはり扉は開かない。
とりあえず半分動転しまくっているテツを落ち着かせ、ユッキーが掲げる小さいライターの火を頼りに、なんとか4人でテーブルを囲んで、ソファと椅子に腰かけた。目印として、テツ以外はタバコの火を灯している。
相変わらず外は、大振りの雨。
「最後に入ってったんて、テツやろ?扉開いとったよなぁ。」
「フッツーに開いとったよ!全開やったもん!」
やや興奮しながら、テツが身を乗り出して言ってくる。
ゴロゴロゴロゴロ・・・・・
小さな発光と共に、雷が唸る。
テツの横で落ち着いてソファにもたれかかっている、ハイドのタバコの火が揺れた。
「でもスタッフがカギ閉めるわけないしな。俺ら中おんのわかってるはずやし。」
「だってめっちゃテツとか騒いどったしなぁ。」
「ほな誰が閉めたんよ!」
テツの叫びに、みんなが「う〜ん。」と、首をかしげた。
ピカッ!ゴロゴロゴロ・・・・
雷が、暗闇を走る。
「もしかしたらその答えは出さないほうがいいかもしれないけどね。」
「なっ、なんで?」
ぽつりと漏らしたユキヒロの呟きに、テツがやや引きながら問うた。
テツの向かいの椅子に座っているユキヒロが、しれっとした顔で応える。
「ユーレイかもよ。」
しーん・・・・・。
ドーン!・・・・ゴロゴロ・・・
一瞬部屋の中が雷に照らされて、沈黙に轟音が被さった。
「あっはっはっは。そんなわけないやーん、ユッキ〜。」
「またまた、そんな非科学的な〜。」
「や、やめてよユッキィ〜・・・」
はっはっはっは、と引き攣った笑いが、部屋にこだまする。
「ま、そんなわけないだろうけどね。」
ふふふ、とヤな笑い声を上げるユキヒロ。
「さっきから雷が鳴るたびにテツくんの横に見える女の人も、僕の幻覚かもしれないしね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・。
ピカッ!
「うぎゃあああああああああああああああっっっ!!!!!!」
テツの今日何度目かの絶叫が、夏の夜空を突き抜けた。
「ウソだって言ってんのにねぇ。」
電気が復活したスタジオの廊下を歩きながら、ユキヒロが苦笑する。
その横を歩くケンもまた、盛大なため息をついた。
「あの状況下であの冗談はあまりにも残酷やで、ユッキー・・・」
「俺もフツウにビビッた。」
こちらは笑いながら、ハイド。
「ほんっまに本っ気で怖かってんからな、ユッキー!」
後ろを歩くテツが、まだ涙目のまま力説している。「ごめんねぇ。」と、ユキヒロはあまり反省してなさそーな感じだったが。
「でも結局誰がカギかけたんかは、わからずじまいやなぁ。」
「もうそのことは忘れよ、ハイド・・・」
力なくテツが呟く。
あの後無事にスタッフに救出されてから、テツがすごいスピードでスタッフに問い詰めまくったのだが、当たり前のよーに、誰もカギなどかけてはいなかった。
結局それは、謎のままである。
「ほな俺もう帰ろーっと。」
「俺もさっさと帰ってさっさと寝るわ。今日は叫び疲れた・・・」
明るい調子でバイバーイ、と手を振るハイドとは対照的に、テツは本気でげっそりと疲れた様子で、廊下の向こうに消えていった。
2人を見送って、しばし無言のまま、ケンとユキヒロは佇んでいたのだが。
「・・・・・・怖かったなぁ、ユッキー。」
「怖かったねぇ。なんかずぶ濡れだったし。」
「せっかく俺が黙っとったのに、ユッキー言うたらあかんやん。」
「いや、だってさ、この恐怖感を2人にも味わってもらわないと。俺ら損じゃない。」
「うん、まぁ、そーかな・・・・」
ユーレイよりユッキーのがよっぽど怖いわ、と思いつつ、ケンはハイドとテツを追って駐車場へと下りていった。
さらにその後ろ姿を見送って、ユキヒロ。
「・・・・ケンちゃん、背後のユーレイさんに気をつけてね。」
幽霊は、君のすぐそばで眠っている。