続・サイボーグユキヒロの穏やかな日常

 

 





 惰眠を貪るとはこういう状態をいうのだと、ユキヒロは半ば確信していた。

 夢を見ることは記憶の整理をするためなのだという。
 なるほどそれではいくら体が複合有機体―――いわゆる、サイボーグというものであっても、ある程度の睡眠時間は確保せざるえなくなる。

 なんせ脳みそは生の器官なのだ。
 ちょっとぐらい休ませないと、体は疲れなくても脳みその回転が遅くなる。銃の腕も鈍る。

 それはつまり、この世界での「死」を意味していた。
 頭と銃の腕が悪い者順に死んでいくのだ、この、2028年における大日本帝国では。

 そんなわけでユキヒロは今、一心にただ眠りこけていた。
 廃ビルの屋上にかまえた、一応「自宅」であるプレハブのソファで。

 しかも夢まで見ていた。
 買ったばかりのゲームに熱中しているといきなり男が銃を乱射しながら侵入してきて、なんどぶちのめしても生き返って、ユキヒロがゲームをする邪魔をしてくる夢を。

 そして夢の中でキレながらユキヒロがその男の額に48発目の銃弾を叩き込んだころ。

 ―――・・・ちゃーん、起きろぉ―――・・・

 どこか遠くから、声が降ってきた。
 聞き覚えのある。

 それは夢の中のどの音よりクリアーで。

 ・・・はよ起きんかいボケー・・・今何時やと思ってんねんー・・・

 ドンドンドンッ、ドンドンドンッ・・・

 ユキヒロは眉をひそめてあたりを見回した。
 この声は。
 誰だっけ?
 しかもその呼び声にまじってなにかを叩く音まで聞こえてくる。

 うるさいなー眠いんだよっ

 無視してユキヒロはまたゲームにとりかかろうとするが、声とその音はさらに明瞭に響いてきて。
 突然、大音量と化した。

 ドンドンドンドンドンッ!

「起きろぉぉぉおおケンちゃあぁぁあんっ!!!」

 ガバッ

 と、ユキヒロはまったく不機嫌極まりない表情で、寝っ転がっていたソファから起きあがった。

 変わり映えのしない、無機質でそれなりにものが散らかった部屋。

 窓からブリキ敷きの床にはさんさんと白い光が射し込んでいる。
 確実に昼をまわってるらしかった。

 だかしかし、そんなことはまったくもってどーでもよく、ユキヒロは人を殺せそうなぐらいの鋭い目付きで、さっきからうるさい入り口の扉の方を見やる。

 ドアのガラスには見覚えのあるつんつん頭が映っていた。
 それ以上に、一度聞けば忘れられない元気な声。
 その人影のグーに握ったこぶしが、まったくなんの遠慮もなしに、ドアを騒がしく叩きつづけている。

「ケンちゃんっ、ここにおんねやろっ?!さっさと出てこぉぉおーいっ!!」

 ドンドンドンッ

 どうやら呼んでる当の本人が出てこないまで叫び続ける気らしい。
 や、テツくんなら確実にそうするね。

 妙に納得してユキヒロは、視線を自分の足側に直角においてあるソファの方にやった。
 皮張りの真っ赤なそのソファに、長身が狭そうに丸まってのっかってる。
 眉がぎゅーっと寄ってて苦しそうだけど、なんか幸せそうな寝顔。

「・・・ケンちゃん、お迎えがきてるよ。」

 腰を上げるのがめんどうだったので、ユキヒロはソファに寝そべったまま足を最大限に伸ばしてツンツンと寝入るケンの腕を突く。

 しかし反応はなく。

「おーい。」

 もう一度呼びかけて少し力をいれて足で突ついても
 ソファに丸まったままケンは「うう〜ん」とうなって反対向きに寝返りを打つだけ。

 いい加減足を伸ばすのに疲れ、しかもドアの向こう側から絶え間なく響く声と騒音に、もとから機嫌が悪く低血気味のユキヒロは、きっぱりと心の中で、

 ・・・めんどくせえ。

 呟いて。

 ゲシッ

 なんの前触れもなしに、伸ばした足で、容赦なくケンの頭に蹴りをいれた。

「いたっ!」

 さすがにその攻撃は効いたらしく、ケンは頭を押さえて飛び起きると、しかしボケーッとしたままの顔でキョロキョロ辺りを見回した。
 変な体勢で寝てたせいで寝癖がピンピンはねている。

「ケンちゃん。」

 ユキヒロの声に、ようやくケンはのろのろとこっちに顔を向けた。

「呼んでるよ。」

 ユキヒロがアゴでやたら騒がしいドアの方を示すと、そこから飛び込んでくる喧騒を一瞬であの幼馴染みだと察知し、ケンは「ああぁー・・・」とうわ言のような返事をして、ゆっくりとした動作でソファから腰を上げた。

「う〜、徹マン明けで体だるぅ〜〜」

「ケンちゃーーーんっ、仕事やでぇ〜〜〜っ!!」

「あーはいはいはい、そんなおっきい声ださんでも聞こえてますよぉ〜」

 ドアの向こうで叫ぶテツに、寝起きの低い声で返しながらドアノブに手をかけるケンの姿を、ユキヒロは相変わらずソファに身を沈めたままぼーっと眺めていた。
 着たまま寝ていてグシャグシャになったジャケットの胸ポケットから煙草をとりだし、一服する。

「おはよぉ〜リーダ〜」

「おそよーさん。はい、仕事やで。」

 ドアをあけるなりテツが突き出してきたなにやら紙のようなものを受け取って、ケンは「うれしいわー」とちっとも嬉しくなさそーに呟いた。

 ボリボリ頭をかき、ケンは無言のままじっとその紙を見つめ、しばし考え込んで。

「・・・・賞金首?」

「それが今回の仕事。あ、ユッキー」

 部屋の中に身を乗り出してきたテツが「ケンちゃんがお世話んなってまーす」と手を振ってきたので、ユキヒロは相変わらず寝転んだ姿勢で煙草片手に軽く手を振り返した。

 するとテツは指を方向転換させてドアの外を指し示して。

「ユッキー、お客さん来てんで。」

「金持ってそーだったらお通しして。」

 ぱっと一度顔を外に出しまたユキヒロの方に向いて、テツは、

「銃なら持ってるけど。」

「丁重にお断りして。」

 適当にひらひらと手を振って即答したユキヒロは、やる気なさそうに煙草の煙をすぱーっと吐き出した。

 がしかし、立ち昇った煙が消える間もなく。

 ガシャーンッ!
 ドドドドドッ!!

「どわーっ!」

 突然の銃声に、戸口にいたテツとケンはそれぞれ外と部屋の中側の壁にはりついた。

 いきなりの襲撃だった。
 乱発されるマシンガンの弾丸がプレハブの壁に打ち込まれ、窓ガラスがバラバラに砕け散る。
 寝そべっていたユキヒロはとっさにソファから滑り下り、テーブルを盾に体勢を低くしていた。

 ドドドドドドドッ!!

 止まないマシンガンの銃声と同時に、部屋の中のあらゆるものが弾き飛ばされる。
 頭を両腕でかばってしゃがみ込んだままケンは、銃弾が飛び交う部屋の中を見回して、

「朝っぱらからハイテンションなお客さんやなぁ〜〜」

「ほんとアンタらと一緒にいるとロクなことないね。」

「わ、ユッキーひどい。」

「ゆーちょーにゆっとる場合かいなっ!」

 バンッと銃声に混じって勢いよく開いたドアの向こうからテツが転がり込んできた。
 それと同時に割れたガラスの細かい破片が頭上に降り注ぐ。

「ユッキーのお客サンってほんっまにアブナイ人ばっかやね!」

「アンタらも含めてね。」

「まぁーだ言ってる。」

 非難がましいユキヒロのセリフを、ケンはにゃははとのん気に笑い飛ばした。

「とにかくさぁ、さっさとどーにかしてまわんと、かなり囲まれてる・・・」

 壁際に身を寄せていたテツが、腰を浮かしかけたそのとき。

 ガッシャァアアンッ!!

 打ち込まれ続けた弾丸が、すでにガラスを失った窓辺の植木鉢を撃ち抜き、傾いだ陶器の鉢は見事床に直撃して粉々に砕け散った。

 あまりのその音に驚いて、思わず3人は固まる。
 緑をさらす観葉植物の葉が、濃い土にまみれて横たわるその姿。

「あーあ、もったいなぁー本物の観葉植物やのに・・・」

 ナマの植物は今日日かなりの高値で取引される。
 以前からテツはユキヒロの部屋に(なぜか)置いてあるこの植物を気に入っていて、よく俺も欲しいなぁなんて言っていたから惜しさも人一倍だった。

 すっと。しかし突然に。
 ユキヒロが、銃弾まみれの部屋の中で立ちあがった。

 まだ外からはマシンガンの連射が続いている。
 飛び交う弾丸をもろともせずに、ユキヒロは据わった目でまっすぐにマシンガンを撃ってくる「客たち」の方に向かって行った。

 ユッキーがキレた。

 ユッキーにも植物を愛するココロがあったんやなぁー

 部屋中に広がった一面のガラスの破片をジャリジャリと踏みつけて進んで行くユキヒロを見送って、ケンとテツはどこか感心した様子でつぶやいた。

 ユキヒロはその2人には目もくれず。

「PS2とソフト代、弁償してもらうからね。」

 ゲームかい。

 思わず心中ツッこんだテツの視界の端には、落下した観葉植物の鉢に下敷きにされて潰れたプレイステーション2とそのソフト群があった。





















「6人を20秒でってどーなん。人間ワザとちゃうで。」

「まぁ人間じゃないからねぇ。」

「あんな人間おったらイヤやわ。」

 撃ち抜かれたこめかみの穴から真新しい血を吹き出してる男の死体をまたぎ、テツは屋上のド真ん中に立って辺りを見回した。

 薄汚れた灰色の床一面に散らばる、弾丸と薬莢と血と死体。
 穴だらけになったユキヒロのプレハブを前に、マシンガンをかまえた男たちは思い思いの格好でくたばっていた。
 とるにとらない、ただのチンピラどもだ。

「くさぁ〜〜い」

 背後から聞こえてきたのがやたら鼻声だったので肩越しに振り返ると、同じように寝っ転がる死体をひょいとまたぎながら鼻をつまんでケンがやってくる。

 ひどい臭いだった。硝煙と、生臭い、血の。
 テツは空を見上げる。青い。本日も晴天なり。
 吹き抜ける風も涼しくて心地良い。

 ゲシッ

「ひいぃぃっ!」

 悲鳴の方を見やると、唯一生き残した、尻餅ついて後ずさる男。ユキヒロが逃げないように太ももを踏みつけていた。

「何の用?」

 ユキヒロはくわえた煙草に火を灯し、ふーっと煙を吐きつけながら呟いた。
 その酷薄な表情。
 かわいそうに生き残されたチンピラは脂汗を流して恐怖に脅えていた。

「ああっ、お、俺じゃねぇよアンタを襲おうって決めたのは!おお俺は反対したんだっ!」

「そんなこと聞いてるんじゃないんだけど。」

「ぎゃあっ!!」

 ユキヒロのクツのかかとが男の太ももに食い込んだ。
 ひどい出血をしてる、そこにはユキヒロ愛用のベレッタの弾丸が一発撃ち込まれていた。

「ユッキー怖ぁーサドー」

「うるさいよ。」

 からかうような口調のケンも、そうとう薄情な目で男の恐怖に脅える様子を眺めてる。

「アンタらみたいな連中が、俺に何の用かって聞いてるの。さっさと答えないと足踏み潰すよ。」

「ひぃぃっ、やめて、やめてっ!!」

 怪我した足を踏みつけられ、男はすでに涙声だった。
 目の前で、6人の仲間が一瞬にしてヤラれたのだ。脅えるのもムリはなかった。

 男は足をかばうように背を丸めて、必死の形相で叫んだ。

「賞金だよっ!アンタ、賞金が懸けられてるから、それをいただこうと思ったんだよ!」

「賞金?」

「賞金首?ユッキーが?なんで?」

「おお俺も知らねぇよそんなことッ!けどここいらの連中は、みんなアンタの首を狙ってるぜ!」

「あー・・・もしかしてさぁー」

 ぽつりと漏れた呟きに、ユキヒロもケンも、傍観していたテツの方に振り向いた。
 テツは、ケンを見やって、

「ケンちゃん、さっきの手配書。」

 あ、と思い出したように手を打ってケンは、ポケットからさっきテツに渡された紙を広げた。
 クシャクシャになったそれをしげしげと見つめて。

「んーーと、・・・これ、ユッキィ?」

 ユキヒロの方にその手配書を向けて、ケンの顔はなぜか爆笑寸前だった。
 急速にイヤな予感がしてくるユキヒロ。

 ケンに突き出された手配書に顔を近づけて、よくよく見てみると。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 そしてしばしの沈黙を挟んで。

「・・・・・・・・ねぇ、俺ってこんなに悪人ヅラしてる?」

「あははははははっ!!!」

「ぶぶぶーっ!!それってユッキーやったんやーっ!わからんかったぁ〜はははっ!!」

 お騒がせコンビはしかめっ面のユキヒロをよそに大爆笑。
 いやしかし、ユキヒロを知る人がこの手配書を見たらそらー笑わずにはおられんやろみたいな、それほどのものだった。

 写真とかなんか使えばいいものを。
 よりによって誰かが描いたらしい人相書きは、悪魔のような顔をしたサイボーグだった。
 下欄に一応名前が書いてあったのことだけが救いだ。

「勘弁してよちょっと、なにこの絵ー」

「むしろそれでこのユッキーやってわかったコイツらのほうがすごいわっ!はははー」

 テツはまだ腹を抱えて笑っている。その向こうでケンは笑い過ぎてむせていた。

 それまで黙っていたチンピラも、まだユキヒロに足を踏みつけられたまま、へへ、と笑って。

「まぁその絵を見てアンタだってわかったのは、俺なんだけどね。ボスに言ったら似てねーってやっぱ大笑いしてて―――」

 バンッ

 男の喉元に、真っ赤な穴が開いた。
 血走った両目を、見開く。
 男が呼吸すると、その穴からヒュウッと空気が抜ける音がして。

 ゆっくりと仰け反って、男は、屋上の冷たい床にバタリと沈んだ。

 男の喉元の穴から鮮血が噴水のように溢れるのを見やりせずに、ユキヒロはきびすを返して賞金手配書をグシャリと握り潰した。

「とりあえず絵描いたヤツ、集中砲火決定。」

 冷たい口調で、そう言い放つ。

「こっわーこの人・・・」

「そらあんな人相描かれるって・・・」

 テツとケンは一応ユキヒロには聞かれないように、小声で呟きあった。





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