『出所は一応わかってんのよ、ナカジマ商会ってとこ。』
「ナカジマ商会ー?なんの商売してはるん、それ。」
ケンの問いに、電話越しの相手はしばし沈黙を挟んで。
『輸入果物のブローカーらしいけど。』
「果物やさんがなんでユッキーに賞金かけんの?」
『表向きはってことだな。』
耳にくっつけた受話器の向こうから、ふーっと煙を吐く音が届く。
サクラは電話したとき今昼飯中だと言ってたから、たぶん今は食後の一服というところだろう。
一拍おいて、声は続ける。
『内部調査によるとなんかうちのオエライさんと取引して、うまいこと銃とか爆弾の密輸入してるんだと。果物ケースに入れてな。』
「あんさぁ、それ極秘情報なんとちゃうやろね。」
さらっとした口調で言ってのけたサクラに、ケンは思わず半眼でツッコミをいれていたが。
返事は、いたって軽く。
『ま、いーじゃん。』
「・・・俺そのうち連邦捜査局の人に暗殺されそーやわ。」
『それにしてもわんかねーんだよなぁ〜なんでナカジマなんかが賞金かけてんだか。』
訴えをあまりにあっさり流されてしまったので、ケンは幾分か非難がましく口を尖らせて、
「連邦捜査官やねんからぁープロファイリングのプロでしょー?」
『俺は現場専門なの。その手配書に載ってる番号にもかけてみたけど、音声対応だったしな。なにがなんだか。』
とりあえずまたなんかわかったら連絡するから、そう言い残して電話は切れた。
握っていたやや重たい旧型の受話器を親機に置いて、ケンが振り向くと、視線の先、あらかたガラスやら破片やら隅にのけた部屋の真ん中のソファに、どっかと座るサイボーグが一人。
その表情はいつものようにぼけっとしていて。
「サクラなんて?」
ソファの肘掛に寄りかかっているテツが、当事者のユキヒロより早く口を開いた。
「うん、なんか、ナカジマ商会って武器のブローカーしてるトコが賞金かけたみたい。」
「ナカジマ商会ってあれちゃうの、果物屋。俺よう市場で買うけど。」
「なんかねー表看板は輸入果物屋で、その実態は銃火器密輸入ーみたいな。」
ふーんあそこの果物なかなかオイシイねんけどなぁ、とどこか感慨深げにテツはうなづいた。
「ユッキなんか心当たりないん?恨み買ってるとか。」
「うーん、ないような気がするけどね。」
どーだろね。
ユキヒロは、ちょっと肩を竦めて、くわえてた煙草を目の前の灰皿にグリグリ押しつけた。
自分のことなのになんでそんなにどーでもよさそうなんだろう・・・
とテツが思わずにはいられなかったほどの。マイペースというかなんというか。
「そういやテツはどこでこの手配書もらったん?」
ソファ真ん前のテーブルに無造作に広げられたその賞金首手配書を手にとり、ケンは少し離れて据えられたもうひとつのソファに腰を沈めた。
なんとなく答えは予想していたが、テツは肘掛に座ったままケンの方を見やって、
「ハイドからやで。」
「あ、やっぱり?」
「めちゃめちゃ情報回ってくるん早かったもん。いつ賞金かけられたんかは知らんけど、早くても昨日の昼間とかちゃう?」
「となるとアレやねぇ、ユッキーもおちおちしてられんね。」
「なんで?」
ユキヒロは新しく点けた煙草を口元にやりながら、ケンに向かって小首を傾げた。
同じように煙草片手に、ケンは、
「ハイドのことやから、きっとあっちこっちに言いふらしてその上ユッキーのプライベート情報まで売り渡してそーやもん。」
「あーいえてるいえてる。」
「シャレになんないね。」
ケンの不穏なセリフにテツが同意を示して、しかしユキヒロは小さく笑うだけで。
本当にそれは「シャレになんない」ことなのだが、ユキヒロにはイマイチ緊迫感が欠けていて、そのおかげでこの破壊されまくった部屋さえ彼にとってはなんでもない穏やかな日常なのだと感じさせる。
絶体絶命の時に笑ってるような男なのだ、ユキヒロは。
「だいたい懸けられてる賞金が200万イェンやで。トーキョーの豪邸が買えるわ。」
「ユッキー今回こそヤバイわぁ〜命危ないかもよ?」
テツとケンもそれぞれ好き勝手言って笑ってる。
すでに自分たちも片足突っ込んでいることに気づかずに。
プルルルルッ
そしてその電話もまた、場に不似合いなほど突然にけたたましく鳴り響いた。
一瞬3人の目がそれぞれ合って、電話から1番近いといえばケンなのだが、1番すぐに動きやすいのはテツで、しかしここはやはり家主がとるのが最適だろう一応電話線もユッキが自分で引っ張ってきてんし、という無言の会話が交わされ、
まぁ結局最終的には、3回目のコール音でユキヒロが緩慢な動作で立ちあがることとなった。
「はい。」
『あ、ユッキー?生きてたんや。』
「おかげさまで。」
電話の向こうから届いたのは、ちょうど話題になっていた人物ハイドの声だった。
いけしゃあしゃあと言ってのけるハイドに対し、ユキヒロもかなり淡白な受け答えである。
『あんな、もう知ってると思うけど、ユッキー賞金かけられてんで。』
ハイドの声を聞きながらユキヒロは机に腰掛けて、
「みたいだね、ついさっきも物騒なオニイサンたちがいらっしゃったから。」
『そのオニイサンたちって、いつもあっこの酒場でたまってる連中やろ?俺なー、ユッキーの情報かなりいろいろそいつらに売っちゃった。』
「いいよ。」
もう口きけないしね。と、軽い口調で付け足したユキヒロに向かって、ハイドはさらに軽い口調で続けた。
『それがなぁ、昨日からこのへん一帯のチンピラがよってたかって情報買いにきてさー』
「・・・そいつら全員に教えたの?俺のこと」
『うん、もう、かなり。根掘り葉掘り。現在の所在地から過去の女性遍歴までいろいろと。』
あっさりそう言い捨てたハイドは、受話器を持ったまま額を押さえてうつむいてるユキヒロのことはおかまいなしに、明るく笑って。
『けどユッキーのことやし、だいじょーぶやろと思って。そらーこちとら商売やもん、あんだけお金積まれたら教えんわけにはいかんし。んじゃ、がんばってな★』
ガチャッ、ツーツーツー・・・
かなり一方的に断ち切られた受話器を置き、しばしの間ユキヒロは片手で顔を覆ってうつむいたままだった。
その常ならぬ雰囲気に、ソファに座っていたテツとケンは顔を見合わせ、またユキヒロに視線を戻して。
「ユッキーどうしたん?」
さりげなくテツが聞いてみても、答えはなく。
沈黙が、乱雑な部屋を覆う。
うつむいたままだったユキヒロはやがて、ゆっくりと、顔を上げて。
その表情は、いつもと変わらぬ落ち着いたものだったが。
「戦いの基本を、知ってる?」
問いは唐突だった。
それにほとんど脊髄反射に近い即答で、ケンが答えた。
「先手必勝?」
「そのとーり。そして今回の場合は、先手必勝ともうひとつ。」
静かだったユキヒロの表情に、一瞬、小さな笑みが刻まれた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。」
「・・・マジですかユキヒロサン。」
返したテツは、まさに極太のマジックペンで「本気かいな」と書かれているような顔で。
つまりユキヒロの言葉が意味するのは、「ナカジマ商店本拠地へユキヒロ自ら乗り込んで行く」ということに他ならないのであった。