2人してエレベーターに悠々と乗り込み、地階に上がってエレベーター内にも散乱した死体と血の海をまたぎ玄関の方を見やると、同じような格好をした男たちがまた数人、ばらばらと2人の眼前に集まってきた。
ジャキッと一斉に向けられる、銃口。
「どっから湧いてでてくんのこの人たち。」
「ねぇー」
呆れた口調のユキヒロに相槌を打ちながら、ケンは咄嗟に脇に身を寄せそのままエレベーターの「閉」ボタンを押した。
開いたばかりのエレベーターの扉がのらりくらりともう一度閉まりながら、無数の銃弾がこっちに向かって一気に撃ち込まれる。
激しい銃撃に、エレベーターの内部も揺れた。
ドアに蜂の巣のごとく開いた穴から硝煙が立ち昇り、再び、ゆっくりと開く。
エレベーターに向かって銃をかまえた社員たちは一瞬、銃撃をやめた。
開いたドアの向こう、エレベーターの中には果たして、階下で殺された社員の死体が転がってるだけであった。
「おいっ、ヤツらどこ行きやがった?!」
男の1人が銃をかまえたまま、開いたエレベーターの中へ走り寄る。
見回しても、狭いそこにはやはり死体と血の海と弾痕が残るだけで、さっきまで確かにこれに乗っていた侵入者の姿はない。
ガンッ、
と、鈍い音がして、男は頭上を見上げた。
エレベーターの天井の一部が、外されている。
その奥にある太いケーブルやら機械の合間から、2階のエレベーター扉がむりやりこじ開けられてるのが見えた。
「しまった・・・ヤツら2階に上がったぞ!早く追いかけろ!」
怒号に、待機していた社員たちは一斉に階段に向かって走り出した。
指示をだした男も、それに続く。
全員の足音が遠のき、1階ホールに静けさが戻って。
扉が開いたままのエレベーターの天井から、にゅっとユキヒロが姿を現わした。
「古典的な手にひっかかるねー」
「ほんとねー」
ユキヒロに続いてケンも、よいしょと掛け声とともに床に降り立つ。
エレベーターから出て受け付けホールを横切ると、男たちが上がっていった階段が右手にあり、上からなにやら騒々しい声が聞こえてくる。
おそらく必死になって逃げた侵入者を探してるのだろう。足音もあちこちで響いている。
来たときに蹴り破っていった正面玄関のガラス戸の破片を踏みつけながら、ユキヒロは横に並ぶケンを見やって、
「テツくんの車はどっちに停めてるの?」
「えっとねぇ、俺あっちっ側のトイレから入ってきてんけど、正面に車まわしとくって言っとったよ。」
「ふーん」
頷いてユキヒロは、また視線を正面に戻して。
「車、ないみたいだけどね。」
玄関をまたぎビルから出た2人の眼前の道路には、あの風景から浮きまくる赤のフェラーリやピンク色の髪をした男どころか、人っ子一人見当たらなかった。
「うっそぉーーーテツどこ行ったん?」
閑散とさびれた建物が立ち並ぶ通りを見回して、ケンは眉をひそめ呟いた。
しかし逡巡してる間もなく、
「いたっ!おい、下にいるぞっ!!」
「げ。」
バンバンバンバンッ!!!
「きゃ〜〜」
頭上のビルの2階の窓から体を乗り出した男が、地上に立つ二人を見つけ、こっちに向けて銃を撃ってきた。
見る見るうちに窓際に男たちが集まってきて、雨のように銃弾が降り注いでくる。
「とりあえず逃げるよケンちゃん!」
「ちょ、待って待って!」
いきなり体を方向転換させ全速力で走り出したユキヒロの後を、ケンは必死でついていく。
足元に何度も銃弾が刺さり、危うく転びそうになるがなんとかこらえ、眼前を風を切って走っていくユキヒロをなんとか見失わないように走った。
「待てぇーーっ!!」
誰が待つかい!
男たちの野太い声が、薄汚れた通りに響いた。
ぁっくしゅんっ!
「うー」
恨みがましくうなり、鼻をすすってハイドはもう一度辺りを見回した。
荒れ果てた野原、もとは自動車工場があったとかいう話だが、今では鉄筋の建物の残骸が残るのみで名残といえばそのへんに積み上げられた古いタイヤぐらいのものだった。
色の抜けた背の高い雑草が、風に流され波立つ。
季節ももうすぐ冬。晩秋の風は冷たくハイドは顔にかかる長い黒髪を邪魔そうに払い除けた。
はよ来いっちゅーねん寒さで死ぬっちゅーねん。
待ち人はまだ姿を現わさない。
こういうときは呼ぶよりそしれ作戦である。
「テッちゃんのあほ〜〜〜〜〜はよ来ぃやボケェ〜〜〜〜」
とりあえず思いつく限りの罵倒をいつも通り気の抜けた調子で叫んでみる。
かくしてブゥゥウオオオオォンッという独特のエンジン音を引き連れて、アイボリーのすすき野に映える真っ赤なフェラーリが、ハイドの眼前に突っ込んできたのだった。
「お待たー」
変な方向に曲がったドアから、片手をひらひらさせてピンク色の髪の男が登場する。
ハイドは少し背伸びして斜めに車の中を覗き込み、
「ケンちゃんは?」
いつも助手席で悠々と煙草をふかす男を名指した。
それには答えずにテツは一瞬ちらっとハイドを見て、それからすぐに視線をハイドの後ろにやった。
遠くまで広がる荒れ野原、ワンボックスカーが一台ぽつりと、そしてそれを背にしてこっちをものすごい気迫で睨んでいる男たちが、8人。
屈強なボクサーみたいな体をした猛者ばかり。
今か今かと獲物を狙う目付きが、異様にギラギラと輝いている。
「あれがそーなん?」
なんかどいつもこいつも筋肉だけって感じやけど、とテツは小さく呟いた。
「もちろんユッキー捕まえるんやもん、多少なりとも頭使えるヤツらやで。お望み通り8人。」
腕組をしてハイドも、自分の背後に振り向いて告げた。
風が厳しく吹きさらす。
テツは、ゆっくりと無言のまま歩を進めた。
男たちは動かない。ただじっとこっちを値踏みするように睨んでいる。
途中でふと立ち止まり、テツは男たちと対峙した。
後ろにいるハイドにも聞こえるように、やや声を張り上げて。
「ケンちゃんは来ーへん。指揮は全部俺が執る。」
静かな原っぱに、声は響いた。
「相手はあのユキヒロや。最高のサイボーグ体。アレ捕まえて売ったら、賞金首やなくても1千、2千万は軽く稼げる。気合いいれて行くで。」
男たちはやはり黙ったままだった。
しかしその口元には、自信に満ちた笑みが刻まれていた。
後ろからゆったり近づいてきたハイドもまた、ニヤリと笑んで、
「指揮はまかせるで、テッちゃん。ケンちゃんおらんかったら取り分も多くなるしな、一石二鳥や。たのんだで、大将。」
テツは無表情で、風に紛れながらただそっと小さく息を吐いた。
「どこ行ったぁ〜?賞金首はぁー!」
「出てこいよオラァーッ!」
窓の外の通りがやたら騒がしい。
叫び声と無数の足音と、武器を振り回す不快な金属音が辺りを闊歩していた。
ホコリの積もった窓枠から顔を覗かせ、通りを眺めていたケンは近付いてくる声にさっと壁に張りついて体勢を低くした。
「しつこいねぇ〜あのヤーサンたちも〜」
「通りにもでれないね、これじゃあ。」
ケンのすぐ隣りに腰を下ろしていたユキヒロは、ジャケットから煙草を取り出してライターの火をつけた。
廃ビルの一室、薄暗がりの中で小さな火種に照らされユキヒロの横顔が浮かぶ。
さんざん騒ぎまくって追いかけてきたナカジマ商会の社員たちのおかげで、追っ手はいつのまにかどんどん増えついには町のヤクザたちも繰り出してきた。
ほとんど町総出での「狩り」。
今や2人はもはや四面楚歌状態である。
もとはと言えばケンは賞金にはかけられてないのだが、ナカジマ商会の人々に知られた以上、逃げないわけにはいかなかった。
はあ〜ぁあ、とため息をついて、ケンはずるずると壁伝いに下がり冷たい床に座り込んだ。
「電話してもテツにはつながらんし〜いろんな人に追っかけまわされるし〜ユッキ〜タバコちょ〜だ〜い。」
「んー」
ユキヒロはごく自然な動作で、隣りに座ったケンに煙草を差し出す。
どーも、と小さく頭を下げ、火をもらいケンはスパーッと紫煙を吐き出した。
目を細め、ひどく憂鬱そうな顔。
ユキヒロはしばし、暗い部屋の中でぼんやりと見えるケンの顔を見つめ、
「ケンちゃん、なんで来たの。」
唐突に、そう問いかけた。
ケンがこっちに振り向く。軽い驚嘆の混じった顔で。
じっと、ユキヒロは視線を外さぬまま。
「ケンちゃんも、同じ目的で俺に近付いたから?」
この体のギミックが目当てだったんでしょ?
ユキヒロは言外にそう告げた。
くわえた煙草を指に挟み、ケンは、あー、と視線を宙に泳がせて。
「バレた?」
「そんな笑顔で返されても困るんだけど。」
いつもと変わらないにゃはーっとした笑みを向けてくるケンに、ユキヒロは苦笑した。
敵わないよね、この人には。
ケンは立てた膝に頬杖をつき、少し目を細めて、
「まーね、最初っからユッキーがサイボーグやって知っとったし、複合有機体がどんだけ金になるもんかも知ってたよ。俺はそれを狙ってユッキーに近付いた。」
「なんで捕まえないの?寝てるときとかにさ。」
「だってユッキー、強いやん。」
きっぱり言い切って、ケンは笑った。
「それに一緒にいてたのしーし?マージャン付き合ってくれるし。テツとハイドはあかんねんもん、お子ちゃまやから寝るん早いし。」
ケンのその言葉に、ユキヒロも思わず笑ってしまう。
薄闇の中でお互いの煙草の小さな火が揺れる。
しゃべってる途中でケンはふと神妙な顔になり、ユキヒロの方を見やった。
「ちゅうか、いつから気付いてたん?まさか最初っから?」
「まさか。ホントついさっきだよ。ケンちゃん俺とナカジマがしゃべってんの、部屋の外で聞いてたでしょ?」
「うわーなんで知ってんのそれぇ〜〜気配感じたとか?!」
「俺そんな超人じゃないから。」
目をキラキラ輝かせて興味津々に身を乗り出してくるケンが、やたらに可笑しかった。
ユキヒロは笑いながら、ケンがくわえた煙草を指して、
「煙草で一服してたら警報機鳴ってってゆってたのに、煙草もってないし。それを隠してたし。いちいち行動が怪しいんだもん、ケンちゃん。だからヤマかけてみたんだけどね。」
見事当たっちゃって、とユキヒロは肩を竦めて見せた。
ケンは、なんや〜、と少し残念そうというかヤラレターって感じの顔をした。
「けどさ、実際、サイボーグのギミックってそんなにお金になるもんなの?」
「うん、可動でも壊れてても、かなりの値がつくはずやで。なんせもし大量生産に成功したら一大事業やもん。売れるルートはかなりあるし。バラで売る手もあるしね。」
「具体的にはどれぐらい?」
「えーとね。2・・・5千万くらい?」
「ごせんまん!」
ユキヒロは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げていた。
当たり前だ、5千万イェンといえば旧日本円でいえば50億円。一生遊んで暮らせる金である。
「うわぁ〜〜そんなんなるの〜〜そりゃ皆さん必死にもなるよねぇ。」
「でしょ?」
ユキヒロの反応が思いの他大きくて、ケンは楽しげにユキヒロを見て笑っている。
ユキヒロもケンを見返して、しかしふと疑問が浮かんで。
聞かなきゃいいのに思わず聞いてしまった。
「ケンちゃんさ、そんな大金手に入れて何に使うの?」
「女にぃードラッグにぃー避妊具にぃー」
「あーあー言わなくていいです。」
とりあえずとんでもないこと言い出す前に止めておこうと、ユキヒロは手をぱたぱたと振って制した。
そうこうしてるうちに、再び窓の外の方が騒がしくなってくる。
銃の乱射する音が聞こえた。どうやらチンピラ同士で争っているらしい。
「・・・・今日はウチ帰れないなー」
ユキヒロは窓の隅から通りを覗いて、ため息をついた。
「じゃーウチくる?たぶんこっからやったらウチのが近いし。」
「そーだね。いつまでもここにいるわけにもいかないしね。」
こんなことならナカジマにとどめ刺しときゃよかったなーなんてユキヒロは思ったが、すぐにその考えは振り払った。
もしあそこで殺そうとしてたら間違いなくケンが邪魔にはいっただろう。そのために身を潜めこっちの様子を伺っていたのだ。
ナカジマはユキヒロに賞金をかけている。彼の言う、「売れるルート」のひとつだ。
信用はできないことは最初っからわかってた。
立ち上がって先を行くケンの後ろ姿を、ユキヒロはじっと無言で見つめていた。