狭い路地でものすごいスピンをかけ、フェラーリは真っ赤な軌跡を描きながら疾走する。
 薄暗い街にまるでそれは赤い彗星が飛来するように。

キキキキキーーーーーッ!!
ドガンッ、キュキュキューッ!!

「・・・・・ちょっと、テツくん、もうちょっと安全運転したほうがいーよ。」

「なぁーにをのん気なことゆってんのユッキー!」

 眼前に迫った角の電信柱をまったくスピードもゆるめないまま曲がりきり、前輪は煙を上げつつ水色のゴミ箱を思いきりふっ飛ばした。

 街中とは思えないスピードである。
 フロントガラスを睨みつけるテツの目は血走っていて、その剣幕に、さすがにユキヒロはやや引いた。

「ハイドはふだんこそ死ぬほど徐行運転しとるけど、こーゆうときはめっためたなスピード出して追っかけてくんねんからっ!逃げ切るためにはこれぐらい出さんと!」

「とかいってもう100キロきってんだけど。」

 ゆっくり震えるメーターの針はとっくに制限速度を無視してる。

 よく壁に当たんないよねー
 車の窓のすぐ外をものすごいスピードで過ぎ去っていくビルやお店の壁を見送りながら、ユキヒロはある種感嘆して呟いた。

 フロントガラスの向こうに広がる景色はほとんど一瞬で背後へと流れてゆき、唯一真っ直ぐ続く道路だけが確固たるラインを保っている。
 まるでジェットコースターだ。

 ガンッ ガンガンッ!!

 ただしジェットコースターなら後ろから狙撃されたりしないだろうが。

「うぅわー来た、来よったでぇ〜〜!」

 テツの声は興奮して上擦っていたがどことなく楽しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。

 ユキヒロが助手席から身を乗り出し背後を見やると、バンが一台とその後ろからハイドの車が追っかけてきてるのが見えた。
 2台とも、フェラーリに負けず劣らずえげつないスピードだ。
 このまま後ろからぶつけられたらえらい事故になるだろう。

 バンの扉と天井窓からは、男が2人体を半ば外に放り出して、こっちに向かって銃やらライフルやらかまえている。

 やばっ

 とユキヒロが思わず口走った瞬間、数メートル後ろのバンから銃弾の雨が追いかけてきた。

 ドドドドドッ!!

「ひぃ〜〜俺のフェラーリちゃん〜〜っ!!」

 鋼鉄を貫く鈍い音が、オーバーホールしたてのフェラーリの後部座席に絶え間なく突き刺さる。
 飛び切り大きな音がして、ガラスにヒビが穿たれた。

 やばいなータイヤとかパンクさせられたら厄介だねー

 ユキヒロはグラグラ左に右に揺れる車の中でバランスをとりながら、ホルダーから抜きさったバレッタを握り締めた。

 後ろからの銃撃が、一瞬止んだスキに、ユキヒロは振り向いて助手席の窓越しに右腕を這わせ、数十メートル背後を走るバンに向かって真っ直ぐかまえたベレッタの引き金を引く。
 と同時に、すぐにバンからも応戦してきた。

 バンッ バンッ バンッ
 ドドドドドドドッ!!
 バンバンッ バンバンッ!!

「いやぁ〜〜〜〜〜っ!!」

 激しい銃声の合間に、テツの悲鳴が混じる。

 軽く舌打ちして、ユキヒロは一度車の中に頭を引っ込めた。
 後方を追ってくるバンまでの距離は50mほど。じりじりとその差は縮まりつつあるものの、さすがのユキヒロでも狙うには少し遠過ぎる。威嚇射撃で精一杯だ。
 しかも車上なため足場が悪い。時速100キロの速度で爆走するフェラーリの震動。刺さるような鋭く強い風。バンの連中はライフルも持っている。速度は落とせない。

 う〜〜〜〜ん、しかたないなぁ〜〜〜

 ユキヒロは小さく嘆息して、窓から再び身を乗り出しながら運転席のテツに向かって叫ぶ。

「テツくん、急ブレーキ!」

「はぁっ!?マジなん、ユッキー!」

 全神経を眼前のフロントガラスの先に向けていたテツは、視線を前方にやったまま突然のユキヒロの指示に驚愕の声を上げた。
 後ろからは時速100キロ以上のスピードで中型車が追ってきている。こんなところでブレーキなんぞかけようものなら、追突されて大破炎上たぶん誰も生き残れない。

 しかしユキヒロはマジだった。

「いいから早く!」

 言いながらユキヒロは、上半身を窓の外に出して後方に向かって両手でベレッタをかまえた。

「えーーーいっ、男は度胸や!どーなっても知らんでーーーっ!!」

 かなりヤケクソ気味に叫んで、テツは思いっきり足もとのブレーキを踏みつけた。

キキキキキキィィーーーーーーッッ!!!

 耳障りな摩擦音が響き、ほこりと砂煙を巻き上げながらフェラーリはゆるやかに停車した。後輪がすぐ横に隣接する壁を削る。

 そこからはすべて一瞬だった。

 急停車の反動でテツは前のめりに倒れハンドルで顔をぶつけた。
 窓枠に半ば腰をかけていたユキヒロは、全身にものすごい重圧がかかるが、真っ直ぐにかまえた両腕は微塵も動かずにピタリと一点を狙っていて。

 突然走るのを止めた視界に、後方にいたバンが一気に迫ってくる。
 車間距離50m。バンが止まれるわけがない。そのままのスピードでフェラーリに突っ込んできて。

 眼前に迫る車。
 睨みつけるユキヒロの、もはや目の前にあった。

 激突する―――――
 その瞬間、ユキヒロの目にははっきりと、驚愕に呆けるバンの中のライフルをかまえた男たちの顔と、恐怖に叫び声を上げる運転席の男の顔が見てとれた。

 引き金を絞る。

 バンッ

 一発目。突っ込んでくるバンのフロントガラスに大きなヒビが走った。
 運転席のシートが、真っ赤に染まる。

 バンバンッ!

 二発目。バンの右前輪のタイヤが、無惨にも破裂する。

 ガクンッ、と傾き、バランスを失ったバンは、時速100キロの速度のまま、右側のビルに突っ込みながら大きく横転して。

 それを見送って、フェラーリの中にユキヒロが素早く頭を引っ込めた瞬間に。

ドオォゥゥンッ!!!

 物凄い勢いで地面と激突したバンは、爆発し火柱を上げて炎上した。

「テツくん、生きてたらアクセル!」

「生きてるよ残念ながらもーーー死ぬかと思ったわーーーっ!!!」

 半分涙目で起きあがったテツは力いっぱいアクセルを踏みつけて、フェラーリは爆風に押されるようにして再び走り出した。
 銃弾をうけすすをかぶりボコボコになったフェラーリだが、それでもすぐに風を切るほどにスピードを上げる。

「もー俺ユッキーとは一生組まへん・・・・ケンちゃん以上の破壊魔やわこの人・・・」

「まーいーじゃない、助かったんだからさ。」

「負傷者はでたけどな。」

 うーと唸りながらテツは打ちつけて赤くなった額をさすった。

「とりあえずこのままどっかに逃げてしまおー。ユッキーに賞金かかったままやったらヘタに動けんし。」

「そー簡単にも逃してくれなさそーだけどね。」

「・・・・・・・・」

 助手席に座りなおし、後ろを振り向きながらつぶやくユキヒロにヤーな予感を覚え、テツは斜め上のバックミラーをちらりと見やった。

 後方の、今駆け抜けてきたばかりのビルに挟まれた狭い道路は、爆発したバンの炎で埋め尽くされている。

 もうもうと真っ黒い煙が立ち昇る中、しかしその炎の壁を一気に突っ切って、黒い車が飛び出してきた。
 ハイドだ。

「ムチャなことしよんなぁ〜〜さすがハイドさん・・・」

「テツくん、前見て運転して前見て!」

 思わず後ろに思いっきり振り向いてある種感心を漏らしていたテツは、ユキヒロの声にはっとして再び前方に視線を戻した。

 フロントガラスの先ほぼ眼前に、コンクリートの壁が迫っていた。

「っ!!」

 無言の悲鳴を上げ、とっさにテツはハンドルを90度切る。

キュキュキュキューーーガンッ!!

 曲がり損ねたトランクが壁にぶつかって鈍い音を上げたが、フェラーリはなんとか止まらずにそのまま角を曲がって走りつづける。

「うう、ごめんなぁ俺のフェラーリちゃん・・・・こんな廃車寸前になっちゃって・・・・」

「いい廃棄業者さん紹介したげるよ・・・」

 一応自分が悪いと自覚しているらしいユキヒロだったがけしてフォローにはなっていなかった。

 バンッ! バンバンバンッ!!

 後ろをしつこく追ってくるハイドの車から、追い討ちをかけるように銃弾が撃ち込まれる。
 どうやらハイドの車にもまだ雇われた男たちが乗っているようだった。

「どーするユッキー。バックとられたままやったらラチあかんし、アイツらそーとー強そうやったで。2人で迎え撃ちはちょっとツライかも。」

「そーねぇ・・・」

 のんびりと応えて思案しかけたユキヒロは、ふと、フロントガラスにうつる景色に目をやった。
 薄汚れたビルが立ち並ぶ道路。人の姿はほとんど見られない。

 もしかして。

「テツくん、この先の曲がり角で左折して、すぐ近くのちょっと広めの道路に出て、真っ直ぐいったとこにあるボロそうなビルにこのまま突っ込んでくれる?」

「・・・・・・・・」

 なんでもない顔で唐突にそう言ってのけたユキヒロに、テツは無言で視線をやった。

「・・・・・・・車ごと突っ込む意味はあるん?」

「まー威嚇みたいなもんかな。」

「・・・・・・・・もう俺ユッキーとは一生組まへん・・・」

 テツは諦めたような遠い眼差しで、呟いた。






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