「どぉわぁぁぁーーーーーっ!!!」
ガシャアアァァァンッ!!!
ドンッ!!ガンッ
ボンネットで思いきり突っ込んだガラスがいっそ清々しいほどの騒音とともに、フェラーリのフロントガラスに降りかかった。
響いたテツの絶叫さえかき消す大音量だったが、それ以上に体にかかった重力負荷が信じられないほどの衝撃となり。
あわれ純粋な人間であるテツは、運転席のシートとフロントガラスを交互に往復してのびてしまっている。
かくいうユキヒロもさすがのサイボーグとはいえ、あまりの激突っぷりに無事とはいえなくて。
「・・・うわ〜あ〜なんかいろんなとこギシギシいってるー」
歪んでしまった助手席のドアを蹴りあけ、なんとか外に出てぱんぱん服をはたきながら手首や腕の具合をみる。
各部接続には異常はないようだが、人口皮膚シートが剥げてギミックが見えてしまってるところも多々。
またテツくんに怒られちゃうなー
毎度タダでメンテナンスしてもらってるので、さすがに運転手席で大口あけてノビてるテツに同情するユキヒロだった。(そこで同情するというのもおかしな話だが。そもそも彼の主な被害はユキヒロによるものである。)
気をとりなおして、手首や足首をぷらぷら回しながら辺りを見やる。
ナカジマ商会ビルの1階ロビーは、つい数時間前ユキヒロがあとにしたときより無惨な姿と化していた。
正面ガラス戸はもともとユキヒロによって蹴破られていたが、そこにさらに猛スピードのフェラーリが突っ込んでなんともいえない破壊っぷりである。
突き破った壁の残骸が一面に散らばり、受け付けカウンターも見る影もない。まるで爆破されたあとのような惨状だ。
被害総額は何桁いくだろう。
ま、俺には関係無いけど。
そう締めくくってユキヒロは観察を終えた。
顔を上げると階段やエレベーターの中で、目を点にしてユキヒロを見つめる社員たちがいた。
全員がまるで石像のように、まったく動かないまま(まばたきも忘れて)無言で呆けている。
しかし奇妙な沈黙に包まれる中、1人だけ、ぶるぶると体を震わせている男が。
「・・・・・・・あなたを甘く見てましたよ、ユキヒロさん。」
初老のナカジマの顔は、怒りでどす黒く染まっていた。
声はまるで呪いをかけるようにしわがれて。
腹の中煮え繰り返ってるだろうね。
眼前に立ち尽くすナカジマに、ユキヒロは冷静な視線を向けた。
「もっと賢明な人かと思っていました、少なくとも、私をここまで怒らせたのは、あなたが初めてです。」
「よかったね、誤解がとけて。」
この手の連中とくに一世で築いた社長や商売人というのは、言葉の応酬によって相手を圧倒し支配しようとする。マジメに相手しないのが懸命だ。
もともとユキヒロは言葉に信頼をおくタイプの人間ではない。ちらっと真横で沈黙しているフェラーリを見やる、テツはまだ意識を飛ばしてるようだ。
もう1度、正面のナカジマに視線を戻す。
ナカジマの、睨み上げてくる苛烈な怒りを受けながら、ユキヒロは背中で危険を察知していた。
「もうまどろっこしい手は使いません。これでもここの社員たちは、身体的にも鍛え抜かれた男たちばかりです。ベレッタ一丁のあなたを捕まえることなど、造作もないことです。」
「そうかもね。でもとりあえず、アンタの敵は他にもまだまだいるってことをお忘れなく。」
「・・・・なに?」
ナカジマは顔をひそめて、その一瞬後、はっと息を呑んだ。そして目を見開く。
キュキュキュキュキュキューーーーーーーガンッ、ガンッ!!
ものすごいスリップ音と爆風を撒き散らしつつ、突然、一台の黒い乗用車が対峙する二人めがけて真っ直ぐに突っ込んできて、壁にすり寄るようにして停車した。(寄りきれなくて2、3度ぶつかった。壁に。)
バンッ
という、威勢のいいドアを開ける音と共に現れたのは、小柄な、それでいてときわ目立つオーラを放つ黒髪の男だった。
「遅かったね、ハイドくん。」
「ひとり車酔いしたヤツ車から蹴落としてきたからな。ちゅーかフェラーリなんかに追いつけるかっちゅーの。」
「じゅうぶんいい勝負してたと思うけどね。」
「ありがとう。」
お互い視線を交わさないままのユキヒロとハイドの会話を、ナカジマはただ呆然とした顔つきで見つめていた。
そしてそのうち、また顔色がどす黒くなっていく。
「さーさくさく捕まってもらうでーユッキー。ユッキーの賞金ではよ対空砲ミサイルのローン払ってしまわんと、俺も経営がキツイねん。」
「まだローン残ってたんだ、アレ。」
「そのサイボーグは渡さない。」
会話に入り込んできた声に、ハイドは初めてナカジマの方に視線をやった。
痩身の、しかし目だけはギラギラと強く光り、ナカジマはいつもの冷静な表情に戻っていた。
「どちらさん?」
ダダ者ではないことは、ハイドもわかったらしい。それでものんびりした口調に変わりはないが。
「そいつがナカジマ商会の社長さんだよ。」
「ああ、そうなん。ユッキーに賞金かけた命知らずの社長さんか。」
嘲るように軽く笑みを浮かべ、ハイドは再びナカジマと向かい合う。
「そのサイボーグは私のものだ。誰にも、渡さないぞ。」
「ユッキーがアンタごときに捕まるとは思えへんなぁ。ゆっとくけど、俺がユッキーの賞金狙ってるからって、自分殺さへんやろなんて思わんほうがいいよ。売り捌く相手ならいっくらでもおるねんから。」
対峙する二人の間で、鋭い火花が走った。(ようにやや傍観気味のユキヒロは思った。相変わらず自分のことなのにどうでもよさそうな顔してそれを見守っている。)
ハイドが、ずいっと一歩進み出て、また口元に笑いを刻む。
「邪魔するんやったら、容赦せぇへんで。」
バタッ、バタンッ
狙ったようなタイミングで、あたりのガラスやらなんやら踏み散らして停車していたハイドの黒い車から、4人の男たちが姿を現わした。
ずらりとハイドの後ろに並ぶ姿は、まるで筋肉の壁のよう。
「・・・・・私を敵にまわしたこと、後悔させてやる。」
呪いを吐くように呟いたナカジマの背後には、屈強な男たちには劣る、しかしそれぞれに強力な武器をかまえた社員たち。
そして睨み合う両者から少し離れて傍観する、当事者のユキヒロ。
無言のままそれぞれが対峙し、場の空気が一気に殺気立って。
一触即発。
見事な三つ巴が、ここに完成した。
「・・・・・・・・・・」
眠りから目覚めたにしてはやけに体の節々に痛みを感じながら、テツは目を覚ました。
目の前には、ハンドル、フロントガラス、そして破壊されめり込んだコンクリートの壁。
・・・・・よく死なんかったなー俺。
わりと長いこと気を失っていたのか、寝違えて痛む首をコキコキ鳴らしながら、テツは自分の生命力の強さに感心した。
そしてふと、そういやユッキーは、と助手席のほうに目をやった瞬間。
ドガンッ!!
「ぎゃあーっ!!」
突然黒い大きなカタマリが目の前のフロントガラスに落下直撃して、思わずテツは両手を挙げ悲鳴を上げていた。
蜘蛛の巣のように放射状にヒビの走ったフロントガラスに乗っかった男の体は、ずるりと暗い赤色の血をひきずりながらボンネットにずり落ちる。
赤色で霞んだガラスをしばし固まったまま見つめ、テツは挙げた両手をゆっくりと両頬にやった。
「もーーーーなんなん、勘弁してよ〜〜〜っ!」
俺のフェラーリちゃんが〜と泣く泣く運転席から這い出て、そしてようやく外の惨状に気が付いた。
地獄絵図である。
飛び交うのは銃声と怒号と肉塊と血と。
数十人の男たちが、お互いに銃を向け合い、血飛沫をあげている。
すでに床には十数もの死体がごろごろ転がっていて。そのほとんどが、背広やネクタイの、会社員のような格好をしていた。
明かにプロの、剛健な男の腕になぎ倒され、おそらくここの社員たちであろう者たちがいっぺんに吹っ飛ぶ。
会社のロビーだったはずのフロアは、もはやすっかり跡形もない壊されよう。
「・・・・・・・・・・なんの戦争やねん、これ。」
まぁ名付けるなら「ユッキー争奪戦」やけど。
後部座席から荷物をいろいろとひきずりだし、テツは混乱の渦中に向かって叫んだ。
「ユッキー!武器たりてるー!?」
「あ、テツくん生き返った。」
「おかげさまでバッチリ生きてます。いくでぇー!」
ハイドが雇った大男の1人と取っ組み合いをしていたユキヒロに向かって、マガジンと予備の拳銃を思いきり放る。
空中を舞う銃をユキヒロにとらせまいとして男が先に腕を伸ばし、その隙を狙ってユキヒロは男に足払いをかけるが。
分厚い筋肉に、ビクともしなくて。
「ふん、その程度で!」
テツが投げた銃を掴み取った男は、嘲笑を浮かべてユキヒロを見下ろす。
バッと、向けられた銃口。
真っ直ぐにユキヒロの額に突き付けられる。
「勝負アリだ、おとなしく捕まってもらおうか。」
「・・・・・」
ユキヒロは周りの喧騒を聞きながらゆっくり目を閉じ、両手を挙げ、かけて。
降参のポーズをとるかと思われた両手は、ガシッと、男がかまえた銃身を掴んだ。
「!?」
予測できない行動に戸惑っている男に、ユキヒロは一瞬、ニヤリと笑みを向けて。
銃身を握るユキヒロの手に、力がこもり。
ガチッ!
あまりにあっけない音がして、拳銃は、スライドと銃身が分解され内部の螺旋状の溝が剥き出しになっていた。
撃てなくなった銃を呆然と見下ろす男に、ユキヒロは空中で受け取ったマガジンをベレッタに装填して、迷いもなく突きつけて。
パンパンパンッ!
男の厚い胸板に小さな赤い穴があき、男は目を見開いたまま昏倒した。
「すぅげぇ〜〜〜銃分解しよったでこの人〜〜」
「破壊は得意技だからね。」
直すのは範囲外だけど。
フェラーリの車体を盾に銃弾の横薙ぎを避けているテツに、ユキヒロは肩をすくめてみせた。
その間にも、周囲では男たちの大乱闘が繰り広げられている。
とりあえず諸悪の根源であるナカジマをとっ捕まえようとしていたユキヒロだが、こう人やら銃弾やら凶器やらが入り乱れていては、身動きもとれない。
見回す。小柄な初老の男の姿は、一見してはわからない。
この騒ぎの中に隠れてるのか、それともすでに別の所へ移動したのか。
少なくともユキヒロを逃がす気はないことだけは確かだ。
嘆息しかけた、そのとき。
「ユッキー!!」
テツの声に、振り向く間もなく、ユキヒロはその場から飛び退いた。
ガヅンッ、と、腕に重い衝撃が走る。
小さな稲妻が弾けた。
「うりゃあっ!!」
「っ!」
掛け声が追って来て、ユキヒロはその対象物を確認しないままとっさに左手でベレッタを振り上げる。
後退したユキヒロに覆い被さるように迫ってきていた男は、ピタリと動きを止めた。
男の手は異様だった。
あまりに無骨な鋼鉄製。皮膚の色とは程遠い鉛色の指。
目の前に突き出された凹凸のない手の平の表面には、パチパチと、電流が爆ぜる音が。
「・・・・・・改造人間?」
「おまえと一緒さ、この腕はギミックで動き電流が通ってる、ただそれだけのことだ。」
男を見上げ、小さく呟いたユキヒロに男はニヤと笑みを返した。
しかし唐突に、視界の端から現れたナカジマの社員であろう男が、そのへんに散らかってた鉄パイプを振りかざし襲いかかって来て。
「そのサイボーグは渡さねぇ!!」
「勤労熱心なことだ、だが状況を見極めない奴は死期を早めるぜ。」
ギミックの腕をもつ男は余裕の眼差しで叫ぶ社員を眺め、思いきり振り下ろされた鉄ハイプを片手でいとも簡単に捉えてみせた。
「なにっ!?」
驚愕に顔を歪めるスーツ姿の男。
しかし脳天をかち割るはずだった鉄パイプはビクともせずに。
そしてユキヒロもまた、その隙を逃さなかった。
鉄パイプに気をとられてる改造人間に向かって、ベレッタの引き金を、絞る。
ガイィンッ!!!
鋭い金属音とともに、しかし銃弾は男がかざした鋼鉄の手の平に跳ね返された。
「うっそ」
思わず呟いて、飛び退く。
ユキヒロが一瞬前までいた場所に、握った鉄パイプごと社員である男は思いきり叩きつけられていた。
頭蓋がひしゃげ、床にイヤな色の液体が飛び散る。
大の男を片腕で振り回してみせた改造人間は、後退したユキヒロを見やってまたニヤリと笑うのだった。
「俊敏だな、人間には過ぎたスピードだ。たしかにおまえは当代随一のサイボーグなんだろうな。」
「アンタは、サイボーグじゃないんだね。」
男がのっそりと立ち上がり、掴み取った鉄パイプにビリビリと青い電流が走るのを見ながら、ユキヒロは胸ポケットの煙草を探った。
「そうだ、全身ギミックだったら、この腕の電流が自身に返ってきちまうからな。おまえもわかっただろう、この鋼鉄の腕がどれだけ強硬か。ゆっとくが、並みの銃弾じゃきかねぇぜ。」
「たしかに、信じられないぐらいに硬い。でも」
しなやかさがない。
最後の言葉は、煙草を銜えることによって封印された。
ユキヒロはカラになったセブンスターの箱をそのへんに適当に放って、対峙する男を見つめる。
「俺がヤツに―――ハイドに手を貸すのはまぁおまえの賞金目当てってのもあるんだがな、純粋な興味もあるのさ。全身をギミックで動かす人間なんざ聞いたことがねぇ。そいつは俺より強いのか?俺の動機は、それだけだ。」
「へえ。」
まったく迷惑な話だね。
紫煙を吐き出し、ユキヒロはいつも通りたいして気合もやる気も入ってないだらりとしたポーズで、饒舌な改造人間に向かい合った。
「俺はどっちが強いか弱いかなんてどーでもいいけど、平和を尊ぶ人間なの。俺の穏やかな日常を潰す気なら、いっくらでも相手してやるよかかってこいや。」
挑発的な笑みを刻んで、ユキヒロは斜に構えた。
男も、薄笑いを浮かべる。
「おまえのような男に会えて嬉しいよ。」
「そりゃどーも。」
それが、引き金だった。