午後5時27分11秒。 今日は隣りにあの男。 プラットホームの風景(2) 「俺ハイド。よろしく。」 現れたと思ったら同時に差し出された手に、握り返すかどうか一瞬考えて、とりあえず男はタバコを一本差し出した。 「この前の。ありがとう。」 少し驚いたようにそのハイドと名乗る小柄な男は目を見開くが、すぐに柔和な笑みに戻って、火のついていないタバコを受け取った。 昨日のようにお互いベンチに端どうしに腰掛けて、ハイドは男にもらったタバコに火をつけず、それはポケットにしまって、かわりに自分のポケットから取り出したタバコに火をつけた。 銘柄が違うのかと思いきや、同じモノ。 「今日も電車乗れんかったん?」 「・・・・・」 ハイドの問いに、無言のまま、黒いコートの男はレールを見つめる。 その口元には、火のついていないタバコ。 ハイドもそれに習うように、汚れたレールを見やった。 「電車に乗って、どこに行くん?」 言葉とどうじに吐き出された煙。 懐かしい香りがした。 「・・・・トモダチに、会いに行くねん。」 ぼんやりと、頬杖ついて男が呟く。 その顔に、表情はない。 「そのトモダチ、あんたのこと待っとるんやろなぁ。」 「・・・・・そうかもな。」 妙にマジメな奴やから。 無表情に付け足された言葉に、ハイドはちらっと男を見た。 黒コート姿の男は、プラットホームの闇と半分同化していた。 ・・・その感情さえも。 男から視線を外し、ハイドはくわていたタバコを指に挟む。 無人のプラットホームは、まだ冬の寒さが残っていた。 「あんたは、誰を待ってるん?」 男の質問に、ハイドは小さく笑った。 「アホな奴なんよ、そいつ。俺がこんなに待ってんのに、俺のこと気付いてへんの。想い届かずって感じやわ。」 くっくっと笑って、男はハイドに笑顔を向けた。 「こんなええ男待たすなんて、よっぽどのべっぴんさんやなぁ。」 「ほんまになぁ。」 昨日ハイドが言った言葉を反復し、男は楽しそうに笑っている。 淡い蛍光灯の光に、その表情は消されてしまいそうなほど儚く。 ハイドは笑いながらまた正面の壁に視線を戻した。 「ほんま、かわいくないやっちゃで。」 そう言って、またタバコを口元に運ぶ。 しばしの沈黙。 遠くに地下鉄の鼓動が響く。 沈黙のプラットホームを支配する、低い電気の唸り声。 押し潰された闇が迫ってきているように思えた。 暗闇が2人を取り囲む。 ただお互いの存在だけは確かで。 「・・・・ええおまじない、教えたげるわ。」 唐突にハイドは立ちあがって、気付けば男の眼前に立っていた。 男は、頬杖をついていた顔を上げる。 見上げたハイドの顔は、逆光で笑みを描く口元しか見えなかった。 彼の細い指が、とんっと男の胸を突く。 ・・・・心臓を射止めて。 「明日もし、今日みたいに5時27分の電車に乗れんかったら、名前、呼んでみ。」 誰の? 口にはださず問いかけると、逆光で見えないはずのハイドの顔が確かに笑って見えた。 慈しむような、やさしい目で。 途端、彼の姿は闇に溶けて。 消えた。 男の足元には、火のついた吸いかけのタバコだけが、ぽつんと残されていた。
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前回の失敗を踏まえて、まず自己紹介からはいる(笑) わかりやすいな〜、うちって・・・や、ずいぶん楽になったからええけど。 あと一回で終わりそうな感じです。お付き合いのほどよろしくお願いします〜